研究
January 12, 2006
インタビューは求愛大会
とうとうインタビュー当日.今日のスケジュールは以下の通り.
5:00 起床
5:30 ホテルで発表練習
8:30 出迎え(選考委員長=Faculty1)
9:00 選考委員達と質疑応答
10:00 Faculty2と面接
10:20 Faculty3と面接
11:00 CollegeのAssociate Dean(お偉いさん)と面接
11:45 Faulty4(別Department)と面接
12:15 Faculty5,Faculty6と共に昼食
1:30 Faculty7と面接
2:00 Faculty8(選考委員)と面接
3:00 セミナー準備
4:00 セミナー
5:00 Faculty9(選考委員)と面接
6:00 選考委員長,Faculty10(別Department)と共に夕食
8:30 ホテル帰還(選考委員長)
アメリカ人のハイテンションに負けないように,意識的にテンションを高くしてインタビューに臨むことにした.まず,しょっぱなの選考委員達との質疑応答では,最初に大学とDepartment,positionのおおまかな説明がされて,その後は主に次のような質問をされた.
Why do you want to leave the current position?
Why did you apply for this position?
What is your ideal position?
What is your uniqueness in your study?
What is your research project that can attract extramural funding?
最初の2問は電話インタビューでも聞かれたので,どうやら定番の質問のようである.やはり電話インタビューのように延々と質問攻めされるのか〜と身構えはじめていたのだが,10分もしないうちに質問攻撃はあっさりと終わってしまった.どうやら,最初の10分ほどで,とりあえずお互いが(勘違いではなく)求め合っている立場であることが確認されたようである.
そこからがもう大変.この大学が,このDepartmentが,そしてこのポジションが如何に魅力的であるか,如何に私の希望にあっているかが次々と宣伝され,とどまるところをしらない.話を聞いていると,まるで自分のために用意されたポジションであるかのように勘違いしてしまいそうになってしまう.その勢いで,私もこのポジションのxxが気に入った,自分にあっていると,相手をべた褒めしてしまう.まるで節操を失った求愛大会のようである.
あっという間に1時間の求愛大会は終わり,次から次へといろいろなFacultyとの面接が行われた.どのFacultyに会うときも常にハイテンションで,その人の言っていることに対してどんな質問をすべきか,頭はフル回転である.
といっても,Facultyとの面接も実は求愛大会.その人の研究内容の説明が終わるやいなや,如何にこの環境がいいかが,それぞれの視点で次々と宣伝される.「こんなにいい環境なので君に是非来てほしい」と言わんばかりだ.
まるで,自分が引く手数多のとても優秀な人かのように,勘違いしそうになってしまう.「そんなことはない.他の候補者にも同じように言っているんだ」
と頭では思おうとしても,こんなに求愛されると気分は悪いものではない.調子に乗って,気がつくといつの間にか自分も求愛発言をしてしまっている.
その勢いに乗って研究発表も「私を見てください」と言わんばかりに快調に終えることができた.精神的な影響とは恐ろしいものである.
その後,夕食を食べてからホテルに帰ってきたが,1日中高めていた知的テンションと求愛テンションを鎮めるのが大変で,なかなか寝付けなかった.
January 10, 2006
インタビュー前に大変身
昨日もらったアドバイスをもとに,発表内容を大幅に変更.お陰で,随分と論理性の高い流れとなった.しかし,明日からしばらく留守にするので,今日中に仕上げなければならない仕事をこなすのに精一杯.発表練習の練習をする時間が1時間半しかとれなかった.この1時間半で大幅に返ることができるだろうか?
昨日の反省により,原稿を覚えることも見ることもやめた.スライドを1枚ずつ見つめ,その説明を何度も繰り返す.すると,文章を思い出そうとしていた時には出てこなかった言葉が,次々と出てくるようになってきた.不思議なことに,スライドをじっと見つめていると,絵と言葉の入出力関係ができあがってくる.
そういえば,「理解できない文章は100回読みなさい」と色々な人に言ってきた.これは,私の経験から来るところだが,繰り返し読むことによって,難しい文章もいつの間にかまるで自分の一部のようになってくるのである.それと同じことが,英語のスライドでも起きることを,身をもって体験した.
そして2度目の発表練習.「言わなければならないことを言う」のではなく,オーディエンスを生徒だと思い,わかりやすいように一つ一つ教えていってみる.
「昨日とは全然違う」
それは発表している自分にとっても明らかだった.
発表直後,ロジャーが嬉しそうな顔をして拍手の口火を切った.
「ベリーグッド,これなら大丈夫」
「みんな,驚いたでしょ?」心の中でそうつぶやいていた.
たった1日しか経っていないが,考え方一つでこんなに変身できた.途端に楽天的な性格が飛び出してきて,何だか発表に対する自信が沸いてきたような気がする.インタビューで自分がどんなに変身できるかを楽しみにしていたが,インタビュー前から既にこんな大変身ができるとは.やはり何事も経験,か.インタビューがますます楽しみになってきた.
January 09, 2006
初インタビューにむけて
インタビューが数日後に近づいているがなかなか準備がすすまない.しかし,先週末は渋々ながら妻子から時間をもらい,何とか発表スライドを作り上げ,発表原稿も何とか書き上げた.暗記は大の苦手だが何とか発表原稿を覚えようとも努力した.しかし覚えられた自信は全くない.
そして今朝の発表練習.発表原稿を思い出そうとしながら発表するが,思い出せないところが次々と出てきて,段々何を言っているのか自分自身でわからなくなってきた.思い出せないと益々焦ってしまうので,そのうち,思い出せそうにない自信のない内容は予め飛ばしてしまうという荒技を使っていると,段々とスピードが速くなっってしまった.
これまでの自分の発表の中で最悪のものになってしまった.発表が終わった直後,楽天的な自分としては珍しい程の嫌悪感に見舞われた.みんなの顔も渋い顔だった.ロジャーも渋そうな気持ちを顕わにしつつ,ジョブトークで周りが評価するのは以下の4点であることを教わった.
1 発表の仕方がよいか
2 科学的手法,視点,解釈がしっかりしている内容か
3 助成金が取れそうな内容か
4 最新のあるいはレベルの高いテクニックを使っているか
そして,2−4は申し分ないが,予想通り1が問題有り,と指摘された.そしていくつか貴重なアドバイスをしてくれた.明後日水曜日には出発だが,練習して明日火曜日にもう一度練習を聞いてくれるという.なんとありがたいことだ.
しかし,いくら練習をしても,記憶力の悪い私が明日までに原稿を覚えられるだろうか?そんな不安を抱えて憂鬱になりながら,家に帰って妻と話していると,面白いアドバイスをもらった.
私は完璧主義だから,準備をしっかりして自信を得るタイプらしい.しかし,準備がしっかりできずに自分自身で完璧でないことを自覚していると,それが大きな不安になってまともにできないらしい.一方,私の良いところは,物事を筋道建てて丁寧にわかりやすく説明するところらしい.
つまり,準備がしっかりできていない(そしてこの数日ではできないであろう)暗記物に頼るのは最悪である,と.裏を返せば,スライドを見て,一つ一つその場で説明していけばいいだけではないか.問題はその場で英語表現できるかどうかだが,暗記物よりはそっちの方がマシだと思う.
「自分の良いところを強調するのがプレゼンテーションで魅せる秘訣よ」 若い頃,採点スポーツの厳しい世界でしのぎを削ってきた妻は,こういうことはよく知っている.「欠点の克服に時間をかけるより,長所を伸ばせばいいんだから,楽でしょ.」
随分と気が楽になった.オマケに「今回のインタビューは,単なる自己紹介のつもりでいけば」とも言われた.「だいたい,日本から来てたった数年で認めてもらおうなんて甘いんじゃない?」と.
言われてみればそうかもしれない.欲を出さず,今回は道場訪問をさせていただく気持ちでいこう.家庭内でこんなに有効な心理カウンセリングを受けられるとは思ってもみなかった.
January 04, 2006
電話インタビュー
謹賀新年(忘れてたので後から挿入しました).さて,今日の午前中,C中都市大学との電話インタビューがあった.選考委員5人のうち,都合により3人を相手とした電話会議となった.予想通り会議電話の音質は悪く,ハナから苦戦が予想された.
まずは先方からの質問攻め.
Why do you want to leave the current position?
Why are you interested in the advertised position?
What specific strength of this department attracts you?
Is there a specific person to collaborate with outside the department?
How do you see your research in 5 years?
What kind of equipment do you need?
How much does the equipment cost?
What is your teaching experience and teaching philosophy?
What specific courses do you want to teach?
Do you prefer undergraduate or graduate courses?
Do you think you can teach Anatomy course?
Do you think your English is a problem?
Do you have a permanent residency status?
大体こんなような質問で,これらの質疑応答に15分位かかっただろうか.予想以上に具体的なことばかり訊かれ,特に具体的な授業タイトルや実験機材の値段については準備していなかったので四苦八苦してしまった.また,インタビューではネガティヴな回答は禁忌なことは知っていたが,Anatomy(解剖学)を教えられるか?との質問には反射的にNoと答えてしまった.日本人かつ記憶力の悪い私にとって,沢山の単語名と不思議な発音の出てくる解剖は鬼門なのだ.
英語力が問題になると思うか?との質問には「ヤバイ,きたか」と内心思ったが,「問題にはならないと思うが苦心している」と半ば強気に回答してみた.すると「君の英語は聞き取りやすいので問題ない」と励まされたのには気が抜けてしまった.しかし,これでは落とされた時の言い訳として外国人=英語が弱いから,というワイルドカードを使えなくなってしまった.
これらの質疑応答のあと,なぜこのポジションができたのか,授業負担はどの程度か,研究サポートはどのようになっているか,など,こちらからの質問に答えてもらった.結局,電話インタビューはトータルで30分弱で終わり,今後については後日連絡が来ることとなった(落とされなければ).
振り返ってみると,うまく答えられなかった質問が多い=準備が足りない=本気度が足りない,と判断されるだろうし,また,(教えてもらいたいと思っている)解剖学を教えられないと言い切ってしまったので,どうも余り好くない印象を与えてしまったのではないかと思う.苦手な解剖学は教えたくないので,話が進まなかった場合は縁がなかったと思うしかないだろう.
結果はどうあれ,電話インタビューながらもインタビューの洗礼を受けたので,来週から始まるキャンパスインタビューへ向けての良い準備運動になったのではないかと思う.4週連続なのでテンションを高く保つ持久力も必要になりそうだ.
December 23, 2005
家族と仕事の不思議な関係
文系の性だろうか,いつの間にか文章が長くなってしまっている.その割にあまりコメントもいただけないようなので,もっと短い気楽なblogにしてしまおうかと思う.
昨日は妻が風邪気味だったので,私が娘の面倒を1日中みることになった.アメリカでは家族最優先が基本なので,そういう理由で仕事を休んでも誰も不思議に思わない.仕事が沢山たまっている私の中では心中穏やかではないが,家族あっての仕事なので快く娘の面倒をみて妻の快復を祈ることにした.
そういう態度を神様が見ていたのか,今日は新たに西部中都市E大学からインタビュー招待の電話がかかってきた.随分前に応募してもう諦めかけていた所だったので,クリスマス直前のサプライズプレゼントという感じだった.どういうわけか,家族に対して優しくすると仕事上もうまくいく,というパターンがあるような気がする.しかし逆を考えてみると,家族に対して優しくできていないときには,誰かが呪いをかけているということなのだろうか?
実はこのポジションには,同じラボの同僚も応募していて,2人ともインタビューに呼ばれることになった.何とも狭い世界である.しかし,同僚同士の戦いという雰囲気はお互い全くない.最近になって,ファカルティポジション探しは候補者間の戦いではなく,応募者側が求めているタイプに最もマッチした人が選ばれるだけ,ということが段々わかってきた.インタビューに呼ばれなかった所の募集要項や大学のwebsiteを見直してみると,いずれも自分の専門や求めているものと少しズレていることに気づいてきたからだ.
裏を返せば,自分に最もマッチした所が自分を採用してくれる,ということである.自分がオファーをもらえなかった場合には,自分にマッチしていない所に間違って行く羽目にならなくてよかった,と逆に安心すればよい.・・・などと書きながらも我ながら驚いているのだが,色々と経験してくると何とも達観してくるものである.
あとは呪いをかけられないようにするだけか.
December 19, 2005
お見合いコンサルタント
結婚相手に求める条件はサンコウ(三高:高学歴,高収入,高身長)などという言葉が流行った時代があった.私が一高(高学歴,低収入,低身長)なのを皮肉って,どうせ一高ならば(低学歴,高収入,低身長)が良かったのに,と私は言われたりする.
そんなことはどうでもよい.今日,大学にいるお見合いコンサルタントと面会してきたら,アガデミズムで採用相手に求める条件もサンコウらしいことがわかった.ちなみに私が会ったのは,プロフェッサー職を得るために色々なアドヴァイスをしてくれる人のことであり,そういうシステム・人がこちらの大学には存在している.今までは,関連のワークショップやセミナーに出ていたりしていたが,私個人の話が具体的になったので,色々と心配になって個別にコンサルトしてみたのである.勿論,無料.
さて,ではこのサンコウとは何か.それは好業績,高収入,好印象らしい.好業績とは論文業績がしっかりしている人のこと,そして高収入とは高いお金を外部からグラントとして取ってくる人のこと.外部からグラントを取ってくると,それに上乗せしたお金が大学に収入として入ってくるからである.この2つは,応募者のCV(履歴書)を見ればわかるので,それに基づいてインタビューに呼ぶ人を決める,ということである.
しかし,写真も貼られていないCVからは好印象かどうかはわからない.好業績,高収入の人は,人より秀でているわけだから,どこか人とは違っていて,それが周りの人にとって気分の悪い変わり方の危険性もある.一旦採用したらそれなりの長い期間,その人は仕事仲間になる.その人は仲間として心地よく仕事ができるようなタイプの人か,つまり,候補者が好印象かどうかを見極めるために,インタビューで呼ぶ,という目的が大きいそうである.なるほど...
では,どういう人が好印象なのか.一番大切なのは,発言や考えがすべてポジティブな方向に向かうことらしい.学者というとクリティカルに物事を考えることが重要視されそうだが,そういう能力は既にCV上でわかっているので,実際に会って大切なのは,ポジティブな姿勢だと.その他にもいろいろあったが,書いていたらきりが無い.
しかし,このお見合いコンサルタントは大したものだった.初めてなことで色々な心配が混ざり合ってネガティブな気持ちでコンサルトが始まったのに,帰る頃には,何だ,インタビューなんて簡単じゃない,と私がポジティブな気持ちになって笑顔でそそくさと出て行っている自分に気づいたのである.
そうそう,今日はもう一つ,ある小都市D大学からもインタビューのお誘いがきた.インタビューには大体3人呼ぶらしいので,確率的にはどこかに決まる可能性が出てきた.「それで決まらなかったら笑えるね,まあ今の家は気に入ってるからそれでもいいよ」と気楽に笑っているのは,サンコウではない私と一緒に暮らしているポジティブな人である.
December 16, 2005
お見合いみたい
来年夏にドイツで行われる国際学会のシンポジストにならないかという光栄な誘いを受けていたのだが,旅費は学会からは出してもらえない.今いるコロラド大学には,海外学会への旅費は無い.グラントからも出せない.そもそも,来年の夏にここにいるかどうかもわからない.
そんな中,来月インタビューに行くA田舎大学からは,そういう予算はないけど国際的な活躍は奨励するので,採用したら特別に旅費を出してあげるよ,と優しく言われた.もう一つ,来月インタビューに行く都会B大学からは,採用したとしてもそれは採用日よりも前なので旅費を出すことはできない,とハッキリ断られた.まあ当たり前のことを言われただけだが,こんな些細なことで好感度が随分と違ってくる.A田舎大学は私を大事にしてくれるが,B都会大学はなんだかつっけんどん,そんな印象を得ずにはいられなかった.
これ以外にも,A田舎大学からは日程の連絡などが迅速に入ってくる.一方,B都会大学からはいつも連絡が来るのが遅い.大都会の人が忙しくて田舎の人が暇だからなのか,理由はよくわからないが,こういうことでも高感度は違ってくる.
実際に大学にインタビューに行く前から,随分と印象点に差が出てしまっている.そう,求職活動は,まさにお見合いみたいなものである(お見合いしたことないけど).お互いの求めているものがマッチするかどうか,ということも大事だが,お互いが惹かれ合うかどうか,求め合うかどうか,というのも大事な要素になるような気がする.・・・しかし,最初の印象ばかりに左右されず,実際に会って見ないことには,より大切なものを見失ってしまうかもしれない.あまり印象点に引っ張られずにニュートラルな気持ちで対応していかなければ,と自戒してみたりもする.
そんなことを考えながら仕事をしているうちに,C中都市大学からメールが入ってきた.「経歴などがマッチするので,電話インタビューをしましょう」と.電話インタビューとは,電話で同時に複数の人達(要するにサーチコミティ=選考委員)と30分ほどQ&Aをする,というものらしい.顔も見ずにお見合いとは寂しいものである.せめて電話インタビュー当日は,雰囲気を出すためにWebsiteからサーチコミティの写真をコンピュータに写して電話してみようか.(向こうも私のホームページの写真を写していたりして)
電話インタビューは,身振り手振りができないので,英語を母国語としない我々外国人にとっては苦手である.しかし,もうこういう世界(ってどんな世界?)で叩きのめされるのに慣れてしまうと,怖いものなど無くなってきてしまっている.ともあれ,アメリカのアカデミズムでいくつかの場所で,いくつかの形のインタビューをこのように経験するということは,好んでできるものではない.経験すること自体に価値がある,と思うと何だかワクワクしてきた.やはり,若い(?)うちに色々と経験しておくと,いつかためになるのではないだろうか.将来国際的に活躍しようと夢見ているこのblogの読者にも,より多くの情報を提供できるだろう.などと,失敗したときの慰めのために付加価値をつけてみたりする.
さて,こんなお見合い話のような求職活動だが,恋愛結婚した妻からはドイツ学会への旅費支出申請は敢え無くリジェクトされ,光栄なるシンポジストの依頼は泣く泣く断ることになってしまった.
印象点は,やはり当てにならないかもしれない.
December 15, 2005
配偶者同時採用
アシスタントプロフェッサーのポジションに応募していた同じラボのポスドクが,昨夜テキサス農工大でのインタビューから帰ってきて,何とそれから24時間も経たない今日の夕方にオファーの電話をもらった.大喜びだ.めでたいめでたい.
これはアメリカでそれなりにある,配偶者との同時採用の例である.当初,テキサス農工大からは1つのポジションしか応募広告が出ていなく,まず隣りのラボのポスドクである奥さんがそこに応募し,めでたくオファーをもらった.これが約1ヶ月前.その時に,夫も同時に採用してもらえないだろうか,と頼んだのである.「優秀な人材が命」のアメリカの大学では,優秀な人を採用するために配偶者のポジションも面倒をみるろいう例がある.もちろん,配偶者も優秀であり,Departmentに予算がある場合に限られるのだが.
テキサス農工大の場合は,ちょうどアシスタントプロフェッサーをあと数人採用する予定だったらしく,すぐさまアシスタントプロフェッサーの応募広告を新たに出してきた.そしてその配偶者であるウチのラボのポスドクが募集したところ,すぐにインタビューに呼ばれたわけである.
この夫婦,子どももいるし,夫婦同時採用の所にしか行けないので,後からインタビューされる夫が成功するかどうかは,重大な問題である.第一,配偶者同時採用の場合はタイミングと需要の問題があるので,同時採用してくれるチャンスはそんなにない.一人で応募しても採用されるか難しいのだから,同時採用はますます難しい.実際,この夫の方はある大学からオファーをもらいかけたこともあるが,奥さんとの同時採用のリクエストがマイナスに働いたようで.結局はオファーをもらえなかったのだから.
そんな状況の中,インタビューは月曜日から3日間かけてびっしりと行なわれ,今朝,彼はラボに戻ってきた.自分も気に入ったし,向こうもとてもエキサイトしていた,との言葉どおり,夕方にはめでたくオファーをもらったというわけである.
彼はNIHグラントも持っているし,研究業績も優秀である.そんな彼でも,夏頃からいくつものポジションにアプライし,いくつもの所から候補者として名を上げられつつ,最終的に得たポジションは,自らが先にオファーをもらって来た話ではなかった.しかし,そんなことはどうでもよい.4か所目のインタビューを経て夫婦2人でやっとポジションを得た彼の顔は,大きな喜びとともに安堵感に満ち溢れているように見えた.
この夫婦,ギリシャの隣国キプロスという小さな島国の幼なじみで,2人とも高校を卒業してからアメリカに渡ってきて,ここまでたどりついた.夫がポスドクで希望のラボに来るために,奥さんはPhDを取った後に専門分野を変えてまで付いてきた.それから5年,奥さんがその新たな分野で夫より先にオファーをもらって同時採用に結びついたという流れは,きっと夫以上に苦労が多かったであろう奥様に神様が与えてくれたご褒美だったに違いない.
神様,日本という小さな島国から,好きな仕事を捨てて付いてきて,英語ゼロからがんばってきている私の妻にも,どうか最高のご褒美を!
December 12, 2005
スンナリとはいかない
イーストキャンパスの実験室は,マニュアルも無いような古い実験装置ばかりで,まずはそれを動かすまでに一苦労している.動作確認していると,最初から期待通りに動くことはほとんどない.手間のかかる作業だが,これまでの経験を元に問題可能性を1箇所づつ確認していくうちに,やっと問題点を見つけ出すことができる.まるで,サイコドクターが患者さんの生い立ちを延々と聞き出した後,はじめて現在の病気を探り当てることができるかのように.
しかし,マニュアルも無いような古い実験装置なので,このような作業によって,結果的にその装置の様々な機能を理解することができた.長い間放っぽっておかれた古い実験装置から,まずは私のことをいたわってよく理解してくれ,というメッセージが投げかけられているような気もしないではない.まあ,最初からスンナリと目的の機能が得られてしまっては,その装置の持つ他の機能を見逃していただろうから,スンナリといかなかったことに感謝する気持ちさえ沸いてくる.
一方,新しい実験をするためのプロトコルがヒューマン・リサーチ・コミティに色々と問題点を指摘され,書き直すことが求められた.こちらもスンナリとはいかない.これまではラボにあった一般的なプロトコルで通用していたので,自分一人で全てを書くのは今回が初めてだった.たとえば,同意書に専門用語があってわかりにくいので小5レベルでわかるような文章にしなさいというコメントがあった.アメリカ人の小5レベルの英語と言われてもピンと来ない.幼稚園生のうちの娘が日本の中2程度の英語を話すので,まあ日本の高校生レベル程度だろうか.
もっとシリアスな問題は「被検者が健康かどうか既往歴や現在の体調などで確認する」という点について,それを誰がどのように確認するのか,というコメントだ.さらに,万が一実験によって健康を害した場合にどのような措置をとるのか,と.そんな細かいことはラボにあるプロトコルには書いてなかったが,今回はいつもより手の込んだ実験だからなのだろう.そこでキャンパス内にある臨床研究センターの医師に相談をお願いすると,すぐに相談に乗ってくれて色々と良いアドバイスをもらうことができた.こちらの大学の良いところは,このような医師をはじめ,様々な疑問点について相談できる専門家へのアクセスがとてもよいことである.
このお医者さんから教えてもらった話は,今回のプロトコルに直接関係するもの以上にも及び,これまで考えていなかったがこれから役に立ちそうないくつかのことについて,とてもいい勉強になった.実験プロトコルの執筆は結構面倒なので,スンナリ許可が下りなかったことを最初は腹立たしく思ったが,お陰で色々なことを学ぶことができた.もし,スンナリと許可が下りていたならば,そういうことを学ぶ機会を逃していただろう.そして,いつかもっと重要な場面で,そういう点の欠如が露呈してトラブルになっていたかもしれない.
そういえば,こういうこと以外にも,グラント申請や論文執筆など,なかなかスンナリといかないことばかりである.しかし,自分はまだまだ研究者としてトレーニングの身である.トレーニング中はスンナリといかないことによって,このように物事の本質により近く迫る機会をうまく与えられているのだろう.そういう風に神様が導いて下さっている,と逆に感謝しなければならない.いい歳こいてわざわざ苦労をしにアメリカに来ているのだから.
・・・そうでも考えないと,やってられないでしょ.
December 05, 2005
次なるチャレンジ
アメリカに来てからずっと研究職についていたが,NIHグラント取得が現実的になってアメリカ標準に近づいてきたので,やはり次のチャレンジとしてアメリカ標準であるテニュア・トラックの職を目指すことにした.
これがなぜチャレンジかというと,まず,「それなりの所」に採用されること自体がチャレンジである.応募するときには,募集先の求めている人材像に合わせて魅力的な応募レターや具体的な研究計画を書かなければならない.書類選考がパスした後は,大学に呼ばれて沢山の教職員と次から次へと30分刻みで面接をし,さらに研究発表をしなければならない.食事も教職員か学生と一緒でとり,2日間,常に評価のムシロに立たされるらしい.
日本の職を捨てて研究をしにアメリカに来たからには,それなりに研究条件のいい所に移りたい.アメリカでは,大学の機能別にカテゴリー分けされていて,そういう所はリサーチ1というカテゴリーに入り,教育やサービスにかける時間が少なく,研究にかける時間が確保できる.結果的に,大学全体としてハイレベルの研究が行われることになり,NIHグラントも取得しやすい.「良い所はどんどん良くなる」という典型的な循環構造である(逆も然り).しかし,条件のいい所には,研究業績の高い人が応募してくるので,採用されるのも難しくなってくる.
教育やサービスの負担が少ないといっても,今のように研究に専念できる状況からすれば,研究にかけられる時間は大幅に減るに違いない.その中で,NIHグラントを取得し続け,良い人材を集め続け,良い研究成果を出し続けないと,職場に残ることはできない.また,教育も専門分野ぴったりのものとは限らず,それをそれなりにレベルの高い大学で不自由な英語で行い,それなりの評価を学生から受けなければ職場に残ることはできない.したがって,採用されてからも(というかその後の方が)チャレンジである.
このように,日本の大学院を出てアメリカのシステムに入り始めたばかりの私にとっては大きなチャレンジなのだが,世界標準を目指してアメリカに来たからには,まずはアメリカ標準を満たす努力を惜しんではならない.常にチャレンジである.
というわけで,意を決してめぼしい所に応募してきたところ,複数の所からインタビューに呼ばれることになった.やはりNIHグラントの威力は絶大なようである.が,それだけではない.ある選考委員長からは「君がこれまで仕事をやってきた人の中に,私のよく知っている人が多いので信頼できる」と言われた.これまでお世話になった人達への感謝の気持ちが大きく膨らんでくる.
インタビューに呼ばれたといっても,他にも数人の候補者が呼ばれるので,結果的にどこにも採用されない可能性も高い.そうなれば,この場で生き恥をさらすことになってしまう.そんなリスクを負ってまでわざわざこの場で公表するかどうか迷ったが,逆に崖っぷちに立ってそれをエネルギーにしてしまおうと思ったのである.Qちゃんの生き様には到底及ばないが,彼女が周りからの視線をものともせず,逆にそれをエネルギーにさえして懸命に努力し,堂々と結果を出したように,私も力を振り絞ってチャレンジしてみたい.私のこのような行動と情報公開が,読者である若い研究者の方々の励みになることを願いつつ.