研究
March 15, 2006
ネゴシエーション開始
オファー下書きが出揃ったので,まずは縁がありそうな「オファー下書きその2」の大学と交渉を始めることにした.電話を何回かしたがお互いなかなかつかまらないので,文書にしてメールで送ることにした.主なリクエストは以下の通り.
- 給料をもう少し高くしてほしい(他のオファーより低いので)
- 来夏の給料補助は辞退するので,3年後と4年後の夏の給料を保証してほしい
- スタートアップ費用を申請額満額にしてほしい
- 1年目の授業負担を減らしてほしい
- 引越費用について具体的な記述がほしい
これらはオファーに書いてある内容についてだが,これ以外にもいくつかの希望を追加しておいた.
- 大学院生を1年目から持てるようにしてほしい
- 次の教員採用時には選考委員にしてほしい
- ビザ関係の諸費用を負担してほしい
欲しい欲しいのおねだり状態だが,言うのはタダなので,ダメ元でいっぱいお願いしておいてみた.言わなければ何も変わらないし.「欲張りなヤツだ」と思われてしまうかもしれないが,この際だから仕方ないだろう.
March 14, 2006
オファー下書きその3
先週末にセカンドインタビューに行ってきた所から,オファーの下書きが送られてきた.
- 給料:$xx,xxx (9ヶ月分).あとの3ヶ月分は自分のグラントから出してもよい.グラントが切れた場合は,2年間のみ1ヶ月分を保証してもらえる.また,夏に授業をやれば残りの2ヶ月分を出してくれる.
- スタートアップ費用:$380,000 (2年間に分けて使う)
- 実験室:800 square feet
- 教育:1年目は免除.2年目からは1コース/セメスター
- テニュア:6年後に審査.(審査に通らなければクビ)
- 引越費用:$2,500
スタートアップ費用は$250,000程度と言っていたのだが,私の不平が届いたのか,大幅にアップされていた.給料も,この前言っていた額よりも$3,000上げてくれていた.しかし,サマーサラリーについては,3ヶ月ではなく1ヶ月しか出してくれないので,この前と話が違う.いずれにしても,給料がこの程度上がっただけでは,家を買うのは厳しそうである.
とりあえずオファーの下書きが出揃ったので,まだインタビュー結果が出ていない大学にも問い合わせてみた.しかし,この大学の結果が出るのは今月末になりそう,とのことで,どうやら縁がなさそうである.
March 12, 2006
高すぎる家
今日は不動産屋の案内で町の物件を見て回った.昨日の一件と,今日の生憎の雨のため,喜び勇んで,という雰囲気にはならなかった.
さて,この町の家の値段はここ数年で急激に上昇したらしく,それなりの家を買おうと思ったら,$350,000程かかることが判明した.というわけで,うちの予算では小さな家か,遠く離れた所しか買えそうになく,再び意気消沈してしまった.
昨日言われた給料ではろくな家が買えそうにないので,諦めモードに入っていると,ケイタイに選考委員長から電話がかかってきた.どうやら,心配で電話をかけてきたようだが,「値段が高いので厳しいです」と正直に伝えておいた.
アメリカでは地域の家の値段と学校教育レベルの相関が高いので,それなりの家を持っていないと子供にろくな教育を受けさせることができない.大学教員には,それなりの家が買えるような給料を出してもらいたいものである.
何だか疲れだけが残った旅行になってしまった.
March 11, 2006
セカンドインタビュー
今のところ第2希望と考えている大学に,家族を連れてのセカンドインタビューに来た.家族のメインは町見学なので,妻子にはレンタカーで自由行動してもらった.
私の方は,オファー内容についてのディスカッションだった.まずは,学科長と選考委員長と共に,実験室として使える可能性のある場所についての見学である.3か所ほど可能性があり,そのうち1か所は,壁をぶち抜いたり大掛かりな工事をしなければならないので時間がかかりそう.あと2か所は,現在の利用者に明け渡してもらうことになる.人材の確保もダイナミックだが,場所の確保もダイナミックである.
3人でランチを食べた後は,学科長と1対1でオファー条件についてのディスカッション.給料は他大学と似たりよったりで,他の大学のオファーにあった「グラントが切れた場合は,2年間のみサマーサラリー(3か月分)を保証」というのを打診しておいた.さらに,スタートアップの希望リストを渡しておいた.
続いて,前回のインタビューで会えなかったファカルティーと面談.もう選考には関係ないことがわかっているので,小1時間ほど気楽に楽しい研究の話をすることができた.
この間に,学科長は学部長と条件についての相談をしていたらしく,今度は,学科長,選考委員長と3人で,オファー条件についての第二次ディスカッションとなった.サマーサラリー保証は,前例はないが特別に承諾してくれるということになり,やはりオファーを複数持っているのは有利なようである.しかし,スタートアップ費用については,選考委員長(私と似た分野)とシェアできる実験器具を検討して,金額を$250,000程度まで下げてほしいと言われてしまった.
これにはがっかりし,後で選考委員長と2人きりで相談をしている中で,「これではcompetitiveでない」としきりに不満をもらしていた.私を取りたい気持ちで一杯の選考委員長は,心なしか悲しい顔になっていたが,「君の希望は,私がもう一度学科長によ〜く伝えておき,何とかしてもらうようにお願いするから」と口説きモードに入っていった.とりあえず,スタートアップ修正版を後日送り,それに対する対応を待つということになった.
March 09, 2006
オファー下書きその2
2/22に連絡のあった「縁がある」大学から,オファー(の下書き)がやっと送られてきた.大体以下のような内容である.
- 給料:$xx,xxx (9ヶ月分).あとの3か月分はグラントから出してもよい.
とりあえず,最初の年は1ヶ月分のみ補助してくれる. - スタートアップ費用:$375,000 (2年間に分けて使う)
- 学生アシスタント費用:$6,000
- 実験室:電気ノイズシールド室 800 square feet(見学済み)
- 教育:セメスター当たり1-2コースが期待される(大学院授業中心)
グラントがある人は教育負担が軽減される
最初のセメスターは授業なし.2セメスター目に1コース. - テニュア:6年後に審査.(審査に通らなければクビ)
- 引越費用:別途記載(基本的に負担してくれる)
「大体インタビューの時に話した通りなので,驚きはないでしょう」というコメントがついてきた.この前の大学とは違い,スタートアップ費用はほぼ申請通りの額を提示してきてくれた.ちょうど1.5倍である.おまけに学生アシスタント費用もつけてくれ,「成功してほしい」という願いが伝わってくる.やはり,こうこなくっちゃ.
ただし,都会にある大学なので物価が高い割に,給料条件がこの前の大学より悪い.給料にはあまり物価は反映されないのだろうか.そういえば,給料の話はインタビューの時に全くしていなかったので,それはこれから交渉,ということになるのかもしれない.「このオファー内容について家族や同僚の人と相談して,どう思うか聞かせてください」ということなので,それなりに交渉の余地はありそうな気がする.
ところで,まだ返事をもらっていない大学があるので,いつ頃はっきりするのか問い合わせてみると,まだインタビューが終わっていないので,早くても3/20の週になるらしい.この大学のことは,しばらく忘れることにしよう.
さて,明日は,オファーをくれるというもう一つの大学に(家族連れで)セカンドインタビューに行き,具体的にどんな条件で落ち着きそうなのか話し合うことになっている.それがはっきりしたら,どこかと具体的な交渉をし始めることになるだろう.
March 08, 2006
グラント開始日の変更
NIHグラントの開始日は4月1日で申請してあったが,8月に異動すると中途半端になってしまう.そこで,開始日を数ヶ月遅らせてもらえるように,数日前,NIHにお願いメールを送っておいた.
NIHとしては,予定通りにことを進めて欲しいらしく,「異動する前にできる限りデータをとることはできないのか」,という確認のメールが送られてきてしまった.しかし,実はまだ倫理委員会も通っていないし,残り4ヶ月では被検者集めや実験準備だけで終わってしまうのがオチである.そんなようなことを論理的に詳しく説明したところ,「ならば仕方ない」というような返事をもらった.
ただし,「現在所属している(コロラド)大学が,NIHグラントの放棄に同意しなければならない」,と言われてしまった.そういえば,開始日を遅らせれば,コロラド大は期待していた間接経費を,みすみす諦めなければならない.
ややこしいな〜,と思いながらロジャーに相談しに行ってみる.
「大学がグラントの放棄に同意しなければならないそうです」
「あっ,それは俺が同意すればいいだけだから.」
そう,ロジャーはディパートメントのチェアーで,こういう問題は彼が決めることだったのである.なんとウマくできた話だ,と我ながら感心してしまった.
というわけで,開始日の変更はうまくいきそうだ.こういう融通がきくところが,アメリカのいいところだ.
March 07, 2006
オファー下書きその1
昨日のスタートアップ関連の連絡への返答を戸惑っているうちに,オファーの下書きがメールで送られてきてしまった.大体以下のような内容である.
- 給料:$xx,xxx (9ヶ月分=75%).あとの25%は自分のグラントから出す.
グラントが切れた場合は,2年間のみ25%分を保証してもらえる.
(それでもグラントが取れない場合は以後75%しかもらえない) - スタートアップ費用:$250,000 (2年間に分けて使う)
- 実験室:電気ノイズシールド室 600 square feet (申請通り)
- 仕事:研究80%,教育15%,サービス5%
- テニュア:6年後に審査.(審査に通らなければクビ)
- 引越費用:$7,000
給料の額面はインプレッシブではないが,アメリカは都市によって物価が大幅に違う.この大学のある町はとても物価が安い所なので,それにしては十分な額のようだ.妻も「やっと余裕のある暮らしができそう」とその気になっている.グラントを取らないと9ヶ月分の給料しかもらえないというのは,どこでも同じなので仕方ない.グラントが切れても2年分は保証してくれる,というのは良心的だろう.
また,このポジションは,教育負担がほとんどないのが魅力的.具体的な授業はなく,院生やクリニシャンの研究指導を期待されている.
他からもオファーをもらうことを知っているのでcompetitiveな内容を提示してきた,という但し書きもついてきた.給料もスタートアップ費用も,予めDeanから許可を得ている最大額を提示しているらしい.なので,交渉の余地はあまりなさそう.ただし,実験室の改装代は別の所から出るので,それが少なくすめばスタートアップに回せるかもしれない,とのことだった.
とりあえず,書面でのオファー(の下書き)をもらったのは初めてなので,少しづつ実感がわいてきた気がする.交渉をするのは,オファーの下書きを比較検討した結果,本気で行く気になった所だけとのみしたいので,とりあえずはおとなしくしていようと思っている.
March 06, 2006
スタートアップ費用
グラントが通ったのでオファーをもらえることになった大学に,スタートアップ費用のリストと金額を出しておいたところ,次のような返事がきた.
- この大学ではそれ程のスタートアップ費用を払える可能性は低い
- リストのうち,いくつかをグラントに割り振ってもらえないだろうか
- R01グラントを持ったある教授が来たときは$200Kだった
- NASAグラントを2つ持った別の教授が来たときは$300Kだった
- $200K-250Kにおさめてくれないだろうか
- どうしても必要な額ならば,この大学で研究をすることは難しいと思う
要するに,私の申請額が高すぎる,ということらしい.スタートアップ費用を抑えれば研究の質/量が低下するのでは,ということを懸念する気配は感じられない.
大型グラントと共に来た教授達の例を引き合いに出されたが,大型グラントを持っていれば,そこから融通できる額も大きいだろうし,前の大学からからトランスファーできる実験器具も持っているだろう.私のR03グラントは少額だし,持っていける実験器具もないので,彼らのケースと比較されてもあまり説得力がない.
別の大学ではこれ程厳しく言われなかった.このポジション(Associate Professor),もともとグラントを持ってくることが採用の条件となっていたので,グラントを当てにしてスタートアップ費用を節約することも考えているのだろう.
「お金を持ってきてくれる人が欲しい.こちらのお金は限られているから」
という態度のように感じられ,興醒めしてしまう.
やはり,
「どうしても君が欲しい.いい仕事ができるように,何とか条件を整えてみせる」
そういう姿勢の所に飛び込んでいきたいものだ.
February 27, 2006
オーサーシップ問題
解放感に満ちた週末が終わり,落ち着いて通常の仕事ができるようになってきた.
今日のラボミーティングでは,オーサーシップの問題が話題になった.というのも,ある院生が,実験に参加したのに論文の共著者にならずに謝辞で済まされた,不条理だとクレームをつけたからだった.
オーサーシップの問題は,色々なところで度々話題に上るナイーブな問題だ.どのような貢献をした人を,どのような順番で共著者にするのかは,研究グループによってある程度のポリシーがあるのだろうが,状況に応じてそれなりに柔軟性も持たせている所が多いのではないだろうか.
研究活動の知的興奮を楽しみ,その世界で生きていこうとする知者にとって,新しい発見をもたらす研究プロジェクトに知的貢献をしたことは大きな喜びであり,論文の共著者になることはその知的貢献の重要さを認めてもらえたことになる.これが研究者の世界でのクレジットとして,他者からも評価されていくことになる.
アメリカでは,テクニシャンやリサーチアシスタントなどの専門職の人がいて,その仕事は新しい概念を生み出す知的貢献というよりも,データの取得/分析における技術的貢献がほとんどである.そのため,論文の共著者として名を連ねることはほとんどなく,働きに対する見返りとしては金銭的報酬を受けている.
さて,今回の問題に対するロジャーの回答は,「論文の共著者になるためには,本質的な知的貢献が不可欠であり,その論文に対する知的解釈を有しなければならない」というものであった.「その判断基準例として飛行場テストというのを紹介しよう.学会の帰り道の飛行場などで,ある研究者から,自分が共著者となったある論文の知的内容について質問を受けたとする.その質問にきちんと答えられる程の知的貢献をした人のみが共著者としてふさわしい」と.
この院生の役割は,実験の手伝いとデータ分析だけであり,論文執筆においては,執筆や改訂はもちろん,ディスカッションにも参加していなかった.実験やデータ分析に参加すれば共著者になれる,というわけではない.それでは,テクニシャン達と同様である.共著者になりたければ,自ら積極的に知的貢献をしていかなければならなかった,ということなのだ.
ちなみに,International Committee of Medical Journal Editors のガイドライン(リンク切れ修正済み)では,以下の3点を満たすことを求めている.
(追記:上記ガイドラインのリンク切れを修正しようとしたところ,4点目が加わっていたことに気づいたので,以下にこれを赤字で反映させた.5/7/2014)
- 研究の概念やデザイン,あるいはデータ取得, もしくはデータの解析や解釈のいずれかに対して,十分な貢献があること
- 本質的な知的内容に関して,論文の草稿を練ったり,批判的視点で改訂すること
- 論文の最終版に対して同意すること
- 当該研究のいかなる部分に関しても,その正確性や正直度に関係した問い合わせに対して適切に調査され回答されるよう,当該研究のすべての側面について説明責任を負うことに合意すること
さらに,次のようにも書いてある.
- 研究助成金の取得,データ取得,あるいはリサーチグループを一般的に監督しただけでは,共著者になりえない
逆に言うならば,共著者に名前を連ねたければ,上記1-4をすべて満たすべく行動する必要がある,ということだろう.我々の分野では著者数は2〜4程度がアメリカでは一般的で,それを超えると,著者の品性を疑うようだ.また,著者数が多くなればなるほど,"dilution effect" と言って,一人当たりの貢献が少なくみなされることが多いらしい.名ばかりの共著者は,きちんとした知的貢献をした他の共著者の貢献度を薄く見させてしまう,ということだ.
アメリカに来てよく思うことだが,各研究者は他の研究者の研究や論文に対する姿勢,品性などに対して色々な視点で評価しているようだ.
February 24, 2006
グラントとオファーの連絡
やったぁぁぁ!
Final Decision というタイトルのメールがNIHのプログラムオフィサーから入り,祈るような気持ちでドキドキしながらクリックしてみると,あなたのグラントを採用することに決まりました,という内容だった.なので,リビジョンのことは忘れて週末は楽しんでください,とまで書いてあった.
2日続けてのグッドニュースである.数ヶ月前に12.7パーセンタイルの得点をもらった時には確実,と思っていたが,その後,様々な所から今回はそれではボーダーラインっぽいという噂が入ってきていた.ボーダーライン上のどの申請を採用するかどうかは,ある程度プログラムオフィサーに決定権があるらしい.
そのため,11月の神経科学学会の時には,1時間待ちでこのプログラムオフィサーと会い,知り合いになっておいた.その時に言われたのは,ボーダーラインの場合,優先されるのは3回目(=最大回数)の申請(私のは2回目だった)やNIH助成歴豊富な研究者(私はNIH助成歴のない新米研究者)であることを知らされていた.
これではヤバイと思い,先月,このプログラムオフィサーにちょっとした嘆願をしておいた.「予算の厳しい現状において,ボーダーライン上で若手研究者を冷遇することは,NIHが提唱する若手研究者育成重視に反することになると思う.そういう観点からも私の申請書を評価してほしい.」と.(後で聞いたことだが,プログラムオフィサーに嘆願することは,裏目に出ることが多いらしいので,このような嘆願は無責任にお勧めできない)
さらに,インタビューに行ったとある大学の教授が,仕事で毎週のようにこのプログラムオフィサーに会っている,と聞いた.そこで,こんど会ったときに私のことをよろしく言っておいてくれるように頼んでおいた.
そして数日前,プログラムオフィサーから申請内容の問い合わせがあったときに,このグラントが採用されるかどうかは,研究の遂行はもちろんだが,海外からやってきた者がアメリカでキャリアを始めるために重要な意味をもつことを説明しておいた.このプログラムオフィサーは,アジア系の人なのでわかってもらえるかもしれないと.
いずれにしても,これでアメリカに来た第一の目標(NIHグラント)と第二の目標(ファカルティポジション)がこの2日間のうちに達成され,喜び満開だ.それも,ちょうど妻の両親がこちらに滞在しているときに起きるとは,彼らは福の神なのかもしれない.
これで,「グラントが採用されたら正式にオファーを出します」と言われていた所からもオファーをもらうことになった.さらには今日の午後,1/30-31にインタビューに行った大学からもオファーの連絡が来た.
まるでこれまで使わずに貯めておいた分の運をすべて使い果たしてしまったかのようだ.しかし,幸運の量はこれから再び精進すれば,また貯まっていくだろう.