研究

November 21, 2005

Qちゃんの考える24時間

土曜の夜,インターネットラジオを聴きながら,妻と5歳の娘と一緒に祈るようにQちゃんを応援した.ボゥルダーつながりで,Qちゃんとは家族ぐるみでおつき合いしてきているので,我がことのように期待と不安が入り混じる.

娘 「Qちゃん,ケガ,だいじょうぶかな?」

私 「大丈夫みたいだぞ.トップ集団にいるみたい.」

娘 「Qちゃん,わたしのためにがんばってくれてるんだよね.わたしがおうえんしてるのしってるから.ナンバーワ〜ン!」

Qちゃんに,チアリーダーのキャンプで身につけた「ナンバー1!」の応援ダンスを踊って励ましてあげたことを覚えている.

走る姿や表情が見られないのがもどかしい.しかし,アナウンサーや解説者の口調から,そしてその背景となる沿道の声援から,Qちゃんの優勝を願う人々の胸の内や臨場感が刻々と伝わってくる.

−そして,人々のそして自らの不安を覆し,Qちゃんはやってくれた.おめでとう!

運動生理学研究者のくせに,Qちゃんに教えられることなどこれまでに一つも無く,逆に教えられることばかりであった.それは「速く走る」ということではなく,「毎日毎日を充実して過ごす」ということについて.

優勝インタビューで「24時間」のセリフ耳にしたとき,かつてのQちゃんとの会話がよみがえってきた.

私 「Qちゃんは,よく市民ランナーと一緒に走るよね.」

Q 「私,市民ランナーの人達って,スゴイと思うんですよ.働きながら,そして家族を持ちながら,朝とか夜とかに少しでも時間を作ってトレーニングをしているんですよ.私なんか,いつだってトレーニングできる恵まれた環境にいるんですから,ちゃんとやらなければバチが当たります.だから,市民ランナーの人達と一緒に走ると,元気がもらえるんです.この人達に負けないように頑張ろうって.」

私 「そうか,そういう風に考えているんだ.」

Q 「そうなんです.だから,24時間,みんなに平等に与えられている時間を,どうやって過ごすかっていうことが大事だと思うんです.Shinoさんも私も,みんな同じ24時間を持っているんですよ.その24時間のうち,自分がどう過ごすかということも大事ですけど,その貴重な24時間のうちの時間を,周りの人達が私のためにわざわざ使ってくれているということを,ものすごく感謝しているんです.そのお陰で私が私の24時間を充実して使うことができるんですから.」

私 「そういう考え方はスゴイね.じゃあ,Qちゃんの時間は自分の24時間だけではなくて,人からも時間をわけてもらってそれこそ48時間分くらいあるのかもね.−でも,オリンピックに選ばれなかったり,ケガに見舞われたりと,大変だったよね」

Q 「これは,私に与えられた試練だと思うんです.そして,昔,高校の恩師に教わった言葉を思い出すんです」


 何も咲かない寒い日は

  下へ下へと根を伸ばせ

   やがて大きな花が咲く


私は,Qちゃんとのこのような会話から大きな力をもらってきている.特に,「下へ下へと根を伸ばせ」の言葉は,アメリカでなかなか大きな花が咲かない私にとって,心の拠り所になっている.

今回の優勝は,Qちゃんにとって,まだ大きな花ではないことを私は知っている.もっともっと大きな花を咲かせるために,Qちゃんは,さらに下へ下へと根を伸ばしていくつもりに違いない.常に上を目指すために努力を惜しまないQちゃんの姿を見習いながら,私も下へ下へと根を伸ばしていくつもりだ.

そのための24時間なのだから.



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November 08, 2005

NIHグラントあれこれ4

 学会前でメチャ忙しいが,このままだとblog再開にならないので,最近話題のNIHグラントについて書いてみよう.

まず,ロジャーが先週,NIHのstudy sectionにreviewerとして行っていたので,関連情報を.日本にいる人にはあまり関係ないかもしれないが.

・やはり,アメリカの財政状況が悪いため,グラント採択率はかなり悪くなっているらしい.数年前までは25パーセンタイル以下だったらOKだったのが,最近はかなり厳しい.ただしAwarding instituteによってかなりばらつきがあり,NIAだと10パーセンタイル以下だが,私の出したNINDSは15パーセンタイル以下ならOKらしい.

・2007年10月より,応募用紙が現在のPHS398から代わり,すべてオンラインでの申請になる.現在の時間がかかる紙のシステムではコメントをもらってからすぐ次のサイクルにrevisionを出せなかったが,それが可能になる.これは非常にいい方向である.

・やはり,R01(大型グラント)は,1回目の申請で通ることはほぼ皆無で,数回のreviseで何とか通る.

・マニュアルによれば,これまでにR01をもらったことの無い人は,申請書のNew Investigator欄にチェックして(特にpreliminary dataに対して)審査を甘くしてもらえるるはずだが,これは実質上機能してない.そもそも上位15パーセンタイルしかもらえず,さらに著名な研究者が数回リヴァイズして出しているのだから,新参者の入る余地は限りなく小さい.

・あるスタディセクション(MRS)では,PT(理学療法士)のreviewerが増えているため,clinical significanceをかなり具体的に主張しないと,得点が着きにくくなっている.残念だが,そのスタディセクションではscientific significanceだけでは通用しないので注意が必要.私のは違うスタディセクションだったので助かったようだ.

・Reviewerの専門性や理解度にかなり幅があるので,どんな分野の人でもわかるように,平易にわかりやすく書くことが重要.

さて話は変わって,SEさんからの宿題「Revisionのツボ」について書いてみよう.

論文では,reviewerのコメントを何とかかわして自分の主張を通そうとすることが多いだろうが,グラント申請では違う気がする.reviewerからのコメントは限られているが,「ひたすらreviewerの気持ちになる」ことにより,reviewerは一体何が気に入らないのかを明らかにし,コメント以外の部分も大幅に改造してよりよい(=reviewerに気に入られる)申請書に変身させることが重要のようだ.例をあげてみよう.

・「仮説のrationaleは動物実験からきているのでヒトの実験のrationaleとしては弱い」と書いてあれば,申請書のすべてから動物実験に関連する文献を除き,ヒトのみの実験結果から別の方向から仮説のrationaleを組み立てる.このreviewerは動物実験結果をヒトに敷衍するのが嫌いなのである.

・「パワーアナリシスの記述が少ない」と書いてあれば,パワーアナリシスは勿論,その他の統計記述もできる限り詳細に書く.このreviewerは統計にうるさいのである.

・「この仮説はrationaleが弱いので受け入れがたい」と書いてあれば,仮説自体を正反対のものにしてしまう.なりふり構わずである.

もっとも犯してはならない間違いは,コメントに対してdefense的になり,少しだけ変更して,「ほら直したからいいでしょ」と主張しまうことである.私は以前「コメントに対して最低限のreviseしかしていない.けしからん!」というコメントを受けてこれを悟ったのである.考えてみれば,申請書の点数が悪いということは,手先でチョコチョコ変えた程度では,次もいい点数がとれるはずがないのである.コメントを最大限に活用して,全く別の申請書に見えるくらい大幅に改造する.そして,大幅に改造したことをINTRODUCTION(変身欄,じゃなかった返信欄)で主張するのである.必ずしも同じreviewerに当たるとは限らないが,どのreviewerも,前のバージョンのコメントを参考にして,どれだけ変身しているか,というのを見ているのだと思う.

まあ,ここら辺は,科学というよりもビジネスの世界なので,お客様に気に入ってもらうように,なりふり構わず色々な角度からプランの素晴らしさを主張する,ということだろう.こうすると科学者として地に落ちてしまうような気がするが,これはこれ,と割り切ることが大事らしい.グラントで大きなお金をもらって,自分にとって一番大事な研究はそのオコボレで進めていく,というのが現代アメリカの超一流ではない研究者のサバイバルの仕方らしい.



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November 01, 2005

blog再開?5

 ある人から,blogを是非再開してほしい!という熱い願いが届いた.

「以前,先生のブログを読んでいたのは,研究生活で迷っていたとき,夢と実力にギャップを感じいらだったとき...など.そんな時々に,有頂天になっている自分に気づかされたり,励みになったり,やる気が湧いてきたり,と先生の言葉に助けられました.」

「最近は,論文が却下されたり,将来に不安をいだいたり,と研究生活は苦悩の連続です.その度に先生のブログが恋しくなります.」

私も人の子,こういうように直接頼まれると「じゃあ,何とかしてみようか」と思ってしまったりする.これ以上忙しくなることが妻にばれるとヤバイので,ヒソヒソと書いてみるとしましょうか.あまり頻繁には書けないので,みなさんのコメントで賑わせてくださいね.

では,最近の重大ニュース! 渡米の第一目標,NIHグラントが当たりそう! NIHグラントは論文審査のように申請書を専門家グループが評価する.そのときに得点と順位がつき,順位の高いものから予算範囲内で順々にお金が配布されていく.そして,論文審査のようにコメントがついてきて,それに応じてreviseを2回(3回?)までしていくことができる.アメリカの他の助成団体も似たようなシステムの所が多い.

このグラント内容については,3年ほど前に遡る.手始めにAmerican Heart Associationの研究助成に応募したところ,1回目の審査で却下.コメント通りにreviseした2回目も「臨床上の意義が疑問」と却下.仕方がない,学術上の意義で迫れるNIHにとうとう挑戦.これが約1年半前.その結果が今年の2月頃に返って来て,得点も順位もつかない(=評価が低すぎ),という悲惨な結果.

「斬新すぎる研究内容はなかなか理解してもらえないものだ」というロジャーの言葉

「アメリカの厳しい世界で研究をやっていこうという覚悟がどれだけ強いか,神様に試されているんだよ」という妻の言葉

これらの言葉を胸に,腰を落ち着けてグラント申請にエネルギーを注ぎ込めるよう,家まで買った.コメント通りにreviseして再投稿したのが6月.

...神様は見ていてくれたようだ.先週の金曜日,上位から13パーセント以内という報告が届いた.NIH予算が確定するまで確実ではないが,15パーセント以内に入ればまずもらえるハズらしい.ロジャーも大喜びで,早速DepartmentのWebsiteに報告してしまったほどだ.

アメリカに来て既に5年が経っている.長い道のりであったが,やっとアメリカ標準の研究者として一歩踏み出し始めることができそうだ.次は,このグラントを元に,より大型のNIHグラントをとることが目標になる.神様,これからもよろしく.



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May 29, 2005

blog終了

 突然ですが,このblogを終了することにしました.

 

理由は,「表現の自由」と「解釈の多様性」の相互作用から生み出されるものが,時には建設的ではない方向に向かってしまうということを経験し,傷つき,悲しみ,恐れをなしたからです.私の考え方や表現法に問題があるのかもしれませんが,最も悲しいことは,自分の素直な思いや願いが曲解されて一人歩きしてしまいかねないということです.この危険性を少なくする方法はいくつかあるのでしょうが,現在の私の状況では難しいと判断しました.

 

2月からの4ヶ月間,短い間でしたが,おつき合いいただきありがとうございました.全60話は印刷するとちょうど60ページになり,2日に1回の割合で日記を書いていたことになります.我が生涯の中でもっとも頻繁かつ長く書き続けた日記になりました.そのうち完全に削除するつもりですが,せっかくですので,いくつかは少しの間残しておこうと思います.

 

短い間でしたが,毎日100人前後の方にアクセスしていただきました.その中に,このblogが役に立ったという人が数人でもいてくれたならば,多大なエネルギーを使って書いてきた甲斐があったと思っています.そのうち,学会かどこかで出会ったときに楽しい話をしたいものです.

 

では,さようなら.皆様のご活躍をお祈りしています.


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May 24, 2005

初心に帰って家を買う

 以前,ロジャーに「英語以外で私に足りないものは何?」と聞いたことがある.即座に帰ってきた言葉は,「NIHグラント」の一言であった.やはりグラントがないとアメリカではそれなりの研究者として認められないし,生きていけない.

 

私がアメリカに渡ってきた頃の目的は,世界標準の研究者になることであったが,アメリカに来たからには,アメリカ標準になることもその中に含まれていた.それはすなわち,NIHグラントを取れるようになることである.しかし,このグラントの採択率は,医学生物学系すべてあわせて20%以下である.アメリカ人の優秀な研究者でもなかなか取れないのに,外国人の私がグラントを取ることは,容易ではない.

 

そうこうして年月が経つうちに,まずは教育職について生活を安定させてから,時間をかけてそのうちにグラントを取ればいいや,と,いつの間にか逃げ腰になっていたのかも知れない.こちらで教育を経験すれば,もし日本に帰った時に役立つだろう,というのは,我ながら一理あるとは思うが,自分自身,後付けのような気もする.よく考えてみれば,まだグラントを取れる力がついていないくせに教育も始めてしまったら,グラントを取る方向からどんどん離れていってしまいかねない.
 

「グラントの取れない大学教員にはなりたくない」.これは,「世界標準の研究ができない大学教員ではありたくない」という,日本を出てきた時のmotivationとかなり似ている.アメリカにいるからには,「アメリカ標準のことができない大学教員にはなりたくない」のである.

 

初心に帰ることにした.アパート暮らしでは,いつでも移動できる=いつでも方向性を変えられる,という風に気持ちに逃げ場ができてしまいかねない.郊外で家族の生活を落ち着かせ,このまま研究職として地に足を付かせ,グラント申請にエネルギーを注ぐことに決心した.

 

そして,とうとう昨日,家を買った.ここ数週間の忙しかった家族の野暮用とは,家を買う様々な準備のことであった.日本にマンション,アメリカに一軒家と,貧乏人のローン地獄だが,家族を道連れにした待ったなしの状況を大きなエネルギーに変えて,初志貫徹に向けて尽力してみたい.そのためにみんなでアメリカにいるのだから.


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April 01, 2005

アメリカにいる理由

 「もうLabから出ていってくれ.日本に帰ることが決まったんだろう」
そんな夢で目が覚めた.まさにApril Fool's Dayに相応しい夢だ.

 

では,今日はApril Fool's Dayなので,ウソをつくのも自由という条件の中で,私がアメリカにいる理由を正当化してみよう.どの部分がウソと思うかは,読者の皆様次第.

 

アメリカに来て5年目になるが,当初の目的は「国際標準の研究者」になるために研究能力を磨くことであった.そもそも純粋な科学研究には国という概念がないため,その仕事は国際的な場でコミュニケーションされるべきものである.しかし,私が勤めていた日本の大学は,その能力がなかなか身につきにくいという状況にあった.すなわち,そのままいてもなかなか国際標準の研究者として仕事ができるようにならない,と私は判断せざるを得なかった.

 

そこで,年齢や立場的にはチャレンジになるが,日本の大学を辞めて国際標準の研究者がひしめくアメリカにトレーニングをしに来た.結果,国際標準の研究者がどういうものなのか,日本の私がいた状況とは随分違う,と肌で感じることができた.「何だ,本当はこういう風に仕事をするものなのか,知らなかった.」と.同時に,「日本で若い頃にこのような刺激・教育を日常的に受けていれば,歳とってからわざわざアメリカに来なくてもよかったのに」と,私の分野の日本での未成熟さを恨めしくさえ思ったりした.

 

そうこうして,国際標準の研究者になるためのトレーニングもそろそろ十分積んだかな,と思い始めた頃,日本の某大学から好条件の就職の誘いがあった.そう簡単にはある話ではないので真剣に悩んだが,結局は丁重にお断りした.そのときの理由は以下の通りである.

 

やっと国際標準の研究者としての力がそれなりに身についたので,次は,その能力を使って次々と研究を進めていく段階になるはずである.ところが,日本の大学では,それが上手にできるシステムになっていると自信をもって判断できなかったためである.と言っても,確かに,いい方向に向かっているという可能性を感じることはできたのだが,せっかくすべてを捨ててアメリカのいい環境で仕事をしているのに,今,それを捨ててまでその可能性に賭けた方がいい,と判断できるほど確かな可能性ではなかった.やっと国際標準に近づきかけた程度の私では,ヘタをすると国際標準から転げ落ちてしまいかねない.

 

もう一つの理由は,今,日本に帰ってしまうと,自分にとってのチャレンジが減ってしまう.日本に戻ってもそれなりにチャレンジしなければならないことがあるだろうが,こちらで不十分な英語で様々なハードルを越えなが研究を続けていく,というチャレンジとは比べものにならない.上を向いてチャレンジする事が大好きな私としては,日本に帰るとチャレンジが終わってしまう,それにはまだ若すぎると思わざるを得なかった.誘っていただいたことにはとても感謝するが,今の段階では,こちらでもっともっと研究能力を磨きながら,いい仕事をしていこう,そして,もっと立派になってから日本に還元しよう,そう決断をしたのだった.

 

一方,数ヶ月前,3年ぶりに一時帰国して日本の若い研究者(やその卵)達と出会う中で,彼らの学問に対する熱意とともに,何かを渇望しているような雰囲気を感じた.その何かとは,きっと知的興奮の交流なのではないか,と勝手に解釈するようになった.このことは,私の心に予想もしなかった変化を与えることになった.

 

こちらで,色々な国の出身の人と話をしていると,彼らは国際標準の研究者になるべく,大学・大学院時代にとてもよい教育を受けていることが感じ取れる.一方,私は積極的に教育を受ける機会を求めてきたつもりだが,どうも我々の分野では,そういう機会が限られていたと判断せざるを得ない.こちらでいくつかの授業に出てみても,教育の内容も方法も,随分違うことを感じる.

 

若くて希望に満ちている人達に,自分の二の舞を踏んで欲しくはない.若さゆえの好奇心とパワーを活かして,興味ある分野での知的興奮を楽しんで欲しい.そういう気持ちが日に日に強くなってきた.日本にいると「研究はこんなもの」と誤解してリラックスしまう危険性があるが,それは知的財産の損失であろう.日本にいると,国際標準の研究の世界に触れる機会があまりないであろうから,まずはそういう世界を少しでも紹介すれば,自分の向かいたい方向が見えてくるのでは,と思ったのが,このblogの始まりであった.日本に帰って雑事に追われて消耗するよりは,こちらで活き活きして遠隔教育をした方が,別の教育効果があるかもしれない,と.

 

もともとは,アメリカでは研究職にずっと就いていよう,と思っていた私だが,このような考えから,こちらで教育もした方がいいのでは,というようにまで考えが変わってしまった.本当は英語で教育することは大変なのでできるだけ避けたいのだが,もし将来日本に帰ったときには,こちらでの教育経験があった方が,より柔軟性と質の高い教育ができるのではないか,と思ったのである.歳とともに記憶力の低下に呆れる今日この頃だが,これをもう一つのチャレンジにしようと思っている.

 

そう,私が今でもアメリカにいるのは,こんなにも日本を愛しているからなのである.


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March 24, 2005

30代後半の切磋琢磨

-> 来週からはspring semesterも後半に入ってくるので,今夏までに学位取得を目指しているケビンとキャロルは,結構ドタバタし始めてきた.

 

特に,ケビンは2本目の論文のreviseを行なうと同時に,シュミレーションを走らせなければならないということで,ストレス度は最高潮に達しているらしい.これでは,私の論文を見てくれなんて頼めそうにない.実験系の私からすると,シュミレーションは簡単なような気もしていたが,逆に考えてみれば,今頃になって一次データを取り直しているのと同じことなのだ.

 

キャロルもまだ2本目の論文の構想がまとまらず,四苦八苦している.かれこれ3ヶ月位ディスカッションしている.忙しい中,数日前に別の論文のreviseを見てもらったばかりなので,キャロルにも頼みにくい

 

こちらの学位論文は4-5章からなり,そのすべての章の内容がrefereed paperとしてpublishされることが求められている.しかも,(運動の分野にしては)それなりにレベルの高いジャーナルに.そしてdefense(学位審査会)までに,3章分位がアクセプトされていることが暗黙の了解らしい.そのため,投稿用の論文と学位論文を平行して進めなければならないので,人ごとながら大変な話である.

 

大学によって違うだろうが,やはり,学位をとるのは日本の大学よりも大変なようである.逆に言うと,学位をとるまでに随分とトレーニングされていることになる.

 

このケビンもキャロルも私と同じ30歳代後半.一旦社会に出て働いていたのを辞めてこの道に入ってきている.私も,日本ではきちんとした研究をしていなかったので.似たようなものである.アメリカ人なのにこの年齢で頑張っている姿を見ると,応援したくなると同時に,同年代の自分にも刺激になる.

 

ということで(?),キャロルには懸案の鰻&ご飯セットを渡してほぼ出来上がった論文を見てくれるように頼み,ケビンには激励の言葉をかけて書き始めたばかりの論文を見てくれるように頼んでしまった.彼らが頑張っているエネルギーは私にtransferして,さらに彼らも私から仕事と刺激を受けて頑張る,という循環になってしまった.こういうのを切磋琢磨と言う.ということにしておこう.

 

明日はGood Fridayという訳のわからない祝日なので,週末をかけて何とかしてくれるだろう.

 


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February 07, 2005

感覚情報処理と東野圭吾

-> 前から気になっていたBlogとやらをやってみることにしました.いつまで続くことやら.


今日,17歳の少年Robert君が,加速度計,基盤,パソコン,C++言語などを用いて自分で開発したという「聴覚情報を利用した運動トレーニング装置」を発表しに来ました.地元のサイエンスフェアでも発表するらしいです.このネタは,東野圭吾の 鳥人計画   を読んだ時に私もちょっと考えたのですが,やられてしまった! 若いのに(若いから)スゴイ!


おまけですが, 虹を操る少年   もこれに通じるものがあり,人間の感覚情報処理について考える良い刺激になります.私に東野圭吾を教えてくれたY君に感謝です.ちなみにBoulder生活の長い高橋Qちゃんも東野圭吾ファンで去年は貸し借りしていました.



shinojpn at 17:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)