November 05, 2017

アメリカ挑戦の裏話「それは家族から」

この記事は,月刊スポーツメディスン11月号特集の「挑戦」インタビュー記事 「自分だからこそ」すべき研究は何なのか ─信念と行動力、それが挑戦になっていく に関係する裏話,特にアメリカ挑戦を決定したときの家族の関わりについて書いた内容です.

2000年9月,論文博士を(自己流で)取得して間もなく,生後5か月の娘と妻を連れ,コロラド大学での在外研究に向かった.結婚直後の新婚旅行は横浜中華街という“バーチャル中国旅行”だったので, リアルな新婚旅行としてアメリカを1年間楽しもう,と二人で盛り上がっていた.

1年も留守にして家賃を払うのは勿体ないと,分譲マンションも買い,帰ってくる準備も万端にしておいた.

「留学とは学を留(とど)めると読む」
そんな頼もしい上司の教えを耳に,博士取得が終わった解放感に満ちた遊び心満載の旅立ちだった.

コロラド大学の外国人家族用アパートで暮らし始めると,色々な日本人家族と知り合いになっていく.うちの娘よりも年上のお子様達を抱えながら,ご主人が博士課程に通っているという家族も何組かいる.私と似たような年齢で,日本のそれなりの会社を辞めて博士を取りにきた人などもいる.

もちろん日本人だけではない.色々な国々から,それなりの年齢に達した夫婦達が,それなりの年齢の子供達を連れ,高い教育を身に付けようと励むパートナーに連れられ,つつましく暮らしている.

Boulder1

我々が大学で学んでいる昼間の間,子供同士を遊ばせる職務を担ったママ友たちは,呑気に世間話をしているだけではないらしい.新婚旅行で来た我々とは違い,これまでの貯金,立場,仕事,築いてきた物すべてを投げ打ち,新たな希望に向かって何年も頑張り続けている家族達を目の当たりにするらしい.生き方,ものの見方を考えさせられる深い話ばかりだという.

一方の私は,プロフェッサー達の研究を中心としたスケジュール,新しい実験技術,ハイレベルなディスカッションなど,日本で体育教官として駆けずり回っていた身からすると大違いである.

「世界レベルの研究はこういう日常の中で行われているのか」

と,驚くばかりであった.

Shino

しかし,その驚きは,あっという間に悔しさと情けなさに変わっていった.

研究室の院生たちはまだ頼りない若者達ばかりだが,こうやって毎日毎日,数年間,こういう高いレベルの研究に触れ続け,高い意識で毎日を過ごすことができる.今は自分の方が少しばかり高い研究力を持っているかもしれないが, 5-6年もしたら,彼らは手の届かないレベルまで伸びていくことだろう.

博士課程には進まず自己流で研究してきたので,自分はそういうレベルの研究教育を受けてこなかった.34歳にもなってその程度の研究力しかなく,日本に帰ってまた体育教官として走り回っていたら,たかが知れている.40歳になった頃には,この頼りない研究者の卵達にも簡単に抜かれて拝んででもいることだろう.

そんな今,目の前に,素晴らしい研究力研鑽の場がある.ちゃんとした研究者として生きていこうとするならば,こんなチャンスを逃す手はない.アメリカのトップレベルの研究室で数年かけてトレーニングすれば,かなり力がつくだろう.

そして,研究生活を仕事の中心にできるアメリカの大学で,プロフェッサーとして研究を楽しみたい.

今からでも遅くない.

というか,今ほどのチャンスは無い.


思い立ったら決心は早い.

決心したら行動も早い.


「大事な話がある」

妻に打ち明けたのは,コロラドに来てほんの数か月しか経っていなかった.

「自分は博士課程に行っていないから,トレーニングが足りてない.自分の研究能力が不十分で不甲斐ない.博士課程を今からやり直すつもりで,5年間,アメリカでゼロからやり直したい」

日本では,それなりの将来がそれなりに約束されたような安定した職に就き,それなりに給料をもらい,おかげでそれなりの分譲マンションも買えた.日本での安定性と将来性.アメリカでやり直すということは,それらすべてを捨ててゼロにしてしまうということである.

「日本にいても,このままでは研究者として先が無い.こっちの研究員になれば,5年間,今までの給料の半分での貧乏生活になってしまう.でも,それで研究能力をつけて,その後もこっちでやっていきたいし,やっていけると思う」

言い切り,返事を待った.


「5年間で,もっと立派になるんでしょ」

「うん」

「そうなりたいんでしょ」

「そう」

「いいわよ」

「!」

拍子抜けだ.


一度も話したことは無かったのに,心の内を見透かされていたのだろうか.

「ここで暮らしてると,何となーく,ウチもそんなことがあるのかなーって,思ったりしてたわ」

「そんなこと?」

「仕事を辞めて博士課程に来た人の奥さんから聞いたことがあるのよ.

“主人が,将来,私のせいで自分の好きな仕事に就けなかったって思ってほしくないから”

って.自分の仕事も捨ててきて,もう何年も貯金を切り崩しながら頑張ってるんだって」

「へえ」

「私,すごいなーって思った.私はそういう風に考えたことはなかったから.ここにいる人達って,みんな,自分を伸ばそうと思って,色々なものを捨てて挑戦しに来ている人達ばかりなのよ.そして,その夢に向かって一緒に進んでいる家族ばっかり.実は大変なんだろうけど,幸せそうなの.真剣に生きていて,すごく元気をもらえるっていくか,勉強になるわ.」

「そうなんだ」

環境の力は大きい.

Colorado

「だけど,日本人がわざわざ外国のアメリカでやっていくっていうことは,普通のレベルじゃあ意味がないってことよ」

「えっ?」

「日本人がわざわざアメリカで働くっていうことは,アメリカ人以上にアメリカにいる価値のある人間になるっていうことだから.アメリカ人と同じように,家族を大切にする生活の仕方,時間の使い方をして,その上でアメリカ人と伍して,それ以上に優秀な研究者になるっていうことよね」

「まあ,...ね」

「スポーツだって,野茂とかイチローみたいなレベルだからアメリカにいる価値があるのよね.そうなれないんだったら,自分は力が無いと認めて,早く日本に帰って,普通の日本人として日本でやればいいだけの話よね.日本でしか通用しないんだから」

新体操ナショナルチームでしのぎを削ってきた元アスリート,有無を言わさぬ物の見方だ.

「だから,アメリカ人みたく土日は完全に仕事無しよね.土日返上とか一人残って頑張ってギリギリついていける程度じゃあレベルが低いってことよね.日本にいた時は土日も仕事で家にいなかったし帰りも遅かったから,これでちょうどよかったわ!」

ああ妻よ,素晴らしきかな.

私のアメリカ挑戦は,家族からの愛すべき挑戦状から始まった.




月刊スポーツメディスン11月号特集の「挑戦」インタビュー記事
 「自分だからこそ」すべき研究は何なのか ─信念と行動力

SportsMedInterview



shinojpn at 22:13│Comments(1) プロフ生活 

この記事へのコメント

1. Posted by さだまさし   June 13, 2019 10:27
お前がアメリカで♪生きて行く前に♪
言っておきたい♪事がある♪
かなり厳しい話もするが♪私の本音を聴いておけ♪
平日遅く♪帰ってはいけない♪
土日もラボに♪行ってはいけない♪
子供も育てろ♪日本語も教えろ♪
出来る範囲で♪構わないから♪
忘れてくれるな♪仕事も出来ない男に♪
家庭を守れるはずなどないってこと♪
お前にはお前にしか出来ないこともあるから♪
それ以外は口出しせず黙って私について来い♪

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