September 23, 2017

文武両道のすゝめ

「天は人の上に頭を造らず人の下に体を造らずといへり」(文武両道のすゝめ,篠原稔) 
(この記事は宮下幸恵さんのYahoo記事「文武両道の鍵は急がば回れ!」の取材時に伝えきれていなかった部分を補足し膨らませた内容です.前半は似ていますが後半はかなり膨らませています.)
子供の頃は国語が大の苦手で,自由作文の課題に,「僕はどう考えても作文が書けないので書きません」と一行だけ書いて提出し,先生に怒られたことがある.それくらい,国語がダメダメだった.

スポーツは走ったり泳いだりの持久系は得意な一方,体操系はイマイチで悔しい思いをしたりした.ところがある時期から友達と筋トレ競争を始めたら,急にバク転とか宙返りとかが簡単にできるようになって驚いた.技術そのものを練習する直接的な方法だけではなく,別のアプローチでこそ結果が出ることもある,という解決法を実体験で学ぶことができた.

そこで,運動で実体験した問題解決法を,苦手な国語に当てはめてみることにした.

それは,文章を「書く」のではなく,「読む」ことを深くトレーニングするというアプローチだ.

ちょうど学力増進会という通信教育の国語が難解文章で,考えずに目を通せば3分もかからないような一つの文章を,毎日毎日うなりながら1か月間繰り返し読む,というトレーニングを数か月間続けてみた.

そうして毎日毎日執拗に読みこんでいくと,あるときパッとひらめいたりして,書き手の考えが全て手に取るようにわかるようになってくる.どうしてこの部分でこういう表現をして,わざわざこの単語を使っているのか,とかまでわかってしまう.最初は読み手だったのが,いつの間にか書き手と一心同体のような気持ちで考えるようになっていた.読みながら書き方を考えるという学習トレーニングとなっていて,結果的に書き方が身に付いてしまった.

それ以来,国語は読むのも書くのも得意になり,文系の道をまっしぐらに進むこととなった.大したことのない例かもしれないが,スポーツの体験で学んだことが学業にプラスになったという具体例である.


スポーツを通じた学びは,学業中心の生活では遭遇しないような体験学習として,実感的に身につきやすい.

明確なチャレンジ目標を持つ → 目標に向かって地道な努力を懸命に繰り返す →  勝てるかも!と希望を持つ → 試合では緊張する → 負けてしまう → くじける → しかし立ち上がる → そして新たな作戦で挑む → 次は勝つ!

こういうサイクルを何回も何回も繰り返す.

この心身ともにダイナミックな体験学習の繰り返しの中で,チャレンジ課題発見能力,努力持続力,ストレスマネージメント,タイムマネージメント,問題解決能力などがトレーニングされ,身についていく.そしてトレーニングの結果としての成功体験を積み重ねていく.

アメリカの大学入学選抜などで人物評価する際に重視する特徴的な経験と能力がある.いかにチャレンジをし,失敗し,そこから反転して逆に成功に導いたか,という

チャレンジ能力 → 失敗 → リカバリー反転能力


だ.

大きな失敗経験の無い一見“優秀な”人だと,その人は能力を超えたチャレンジをしたことが無いとみなされ,リカバリー反転能力も未知となり,人物評価が低くならざるを得ない.リカバリー「反転」とは,単にリカバリー前に戻るのではなく,チャレンジ前とは違う方向あるいはより高い成功を生み出す能力である.そういう能力が求められている.

チャレンジ能力とリカバリー反転能力は人物評価に限らず,子供が将来独立し充実した人生を送るために鍛えておくべき基本能力だろう.日常生活で失敗を繰り返すわけにはいかないが,スポーツはチャレンジ → 失敗 → リカバリー反転のトレーニングを繰り返し体験学習できる貴重な世界というわけだ.

チャレンジ能力 → (失敗) → リカバリー反転能力

失敗は,チャレンジとリカバリー反転の間での通過点に過ぎない.失敗に対する社会のマイナス評価が日本と比べて厳しくないのは,チャレンジの多いアメリカ社会では失敗は当たり前で,それよりもその前のチャレンジとリカバリー反転に価値を置き注目しているからなのかもしれない.

そういう意味で,いわゆる頭のいい一見“優秀な”人に対してこそ,スポーツ競技への真剣な取り組みが勧められる.アメリカで一流大学にトップ選手がいたり,トップ選手が引退後に医師や弁護士になったりするのは,頭脳を鍛えて将来活躍したい子供(活躍させたい親)こそが,スポーツ競技(や芸術活動)にも真剣に取り組んでいるからだ.

身体運動が認知能力を高めるという研究結果も次々と出ている.頭をよくしたければ運動した方がいいのは科学的に明らかだ.私自身,学習直後の筋トレによって記憶力が10パーセント増加する(正答率が10パーセント増加,相対的には20パーセント増加)という研究論文を数年前に発表し,ネットニュースなどで世界に広まっている.

「天は人の上に頭を造らず人の下に体を造らずといへり」 

頭と体に上下関係はなく,お互いに相乗効果を与えあう平等な関係として捉え,両方を上手に鍛えていくべきであろう.

では,「文武両道のすゝめ」は日本ではどうやって「作っていく」ことができるのだろうか.たとえばこんなことが考えられる.
  • 文武両道授業校:学校で各授業の最後は先生も生徒もその場でスクワットなどの筋トレで締めくくるようにしたらいいだろう.授業内容のより大きな学習効果が期待されるし,足腰が強くなり先生のロコモ予防にだってなる.それを取り入れた学校は「文武両道授業校」として国や自治体がサポートすればいいだろう.

  • 文武両道入学枠:東京大学などの人気大学でスポーツ等の実績を入試得点に加味する「文武両道入学枠」を定員の半分位でも作れば,“優秀な”人もスポーツ競技に真剣に取り組むようになっていくに違いない.

  • 文武両道コース:文武両道入学枠を目指せるよう,トップ進学塾とトップスポーツクラブが提携して「文武両道コース」ができたりすれば,色々な意味で面白い刺激になるだろう.

  • 文武両道オンライン:スポーツ大会のために欠席する授業と同等の内容がオンラインで遠隔学習できたり,宿題をオンラインで受け取り提出するような教育システムのオンライン化(文武両道オンライン)も重要だ.我が娘の学校は公立だが随分前からそうなっていて,大会や遠征先で当たり前のように宿題をやっている.
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文武両道はあり得るか,あり得ないか,とそれぞれが右往左往したりするのではなく,そういう風にして文武両道の大きな価値を社会が理解し,社会自体が文武両道を取り入れたシステムを作っていってほしい.

「文武両道のすゝめ」が実現するためには,勉強と同様,効率的なスポーツトレーニング法を探求し,スポーツの練習時間を短時間化すべきという社会的な要請に基づいたシステムを作っていくことも同時に不可欠である.

実際,効率的な指導を受けている我が娘の練習時間は普通の選手よりも大幅に少なく,そのおかげで練習疲れも少なく,頭を鍛える時間と気力が確保できている.私の専門とする身体運動科学の研究も,効率的なトレーニング法につなげていくための研究分野だ.

効率的なスポーツトレーニングを施せる優秀な指導者は,効率的に頭を鍛えられる優秀な塾講師と同様,高く評価されるべきで,高い給料や指導料も受け取れるようにすべきだろう.時間あたりでなく,引き出されたトレーニング効果あたりで計算すれば,そういう指導者の給料や指導料は実は割安であり,時間ばかり費やす指導者のそれが割高であることに気づくであろう.

文武両道の要はスポーツ指導法の効率化と練習の短縮化であり,そのためにはスポーツ科学研究の更なる発展,スポーツテクノロジーの開発,そして優秀なスポーツ指導者を養成し高く評価するシステムが不可欠である.

一方のアメリカの話は,理想論ばかりではなく,実は「生き抜くための」文武両道でもある.

アメリカは貧富の差が大きい厳しい格差社会ということはよく知られているだろう.実際,格差社会は小学校の中から既に始まっている(参照:小中学校内で始まっているアメリカ格差社会の住み分け).私の住む学区では,公立校でも小学3年生位からクラスも授業も成績分けで決まってしまう.その頃に学業成績が上の方に入っていないと,どんどん引き離されていき,その後に挽回するのも難しい.

社会に出れば首切りや倒産は日常茶飯事,健康保険も高額でかなりの収入がないと“普通の”生活ができない.将来が不透明な社会の中で,生き抜く武器が必要不可欠だ.

強いコネを持たない外国出身者にとって,大学は個人の価値という武器を磨く重要な機会だ.学歴は,一つ目の仕事のみならず仕事を失った後に次の仕事を得やすくするための保険のような武器となる.そしてそれなりの大学に入るためには学業成績だけでは十分ではない.スポーツや芸術でのそれなりの実績が必要となる.

そういう社会要請への対応としての文武両道でもある.

自分の夢(ワガママと読む)に付き合わせて子供をアメリカに連れてきてしまった自分としては,厳しいアメリカ社会で生きていく子供を路頭に迷わせないために,まずは文武両道に育てなければ,という責任感を感じている.

個人の価値こそが重要になりつつある厳しい時代,これまで唱えられてきた「生きる力」の教育では心許ない.文武両道は個人と親と社会の発想転換と努力で「作っていく」ものだと思う.文武両道を通じ,厳しい時代の中でもチャレンジし,失敗してもリカバリーして新たな成功に導く「生き抜ける力」をこれからの子供達には養ってもらいたい.


shinojpn at 07:08│Comments(0) プロフ生活 

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