October 19, 2014
アメリカ市民権獲得の本当の価値(国籍取得2/3)
「Shino がアメリカ市民権を獲得しました! Welcome to our country! 」
突然のアナウンスにキョトンと顔を上げると,教授会参加者から,温かい笑みと拍手がふくらんできた.
娘がアメリカでスポーツ競技の夢を追い続けられるように,という目的で取得したかったのはアメリカ「国籍」だった.しかし,その過程で書類上正式に使われてきた言葉は,国籍(Nationality)ではなく,市民権(Citizenship)であった.
Nationality(国籍)という言葉が「ある国への帰属」を意味するのに対し, Citizenship(市民権)とは,国籍を有する者の「国民としての権利」を意味する.移民や植民などの歴史を持つアメリカには,国民としての権利=市民権が必ずしも国籍に伴わない,あからさまな差別の時代があった.
その市民権は,人種や宗教,性別などによる差別の撤廃を目指した公民権運動という,すさまじい努力の結果として獲得されてきた.現在でも,基本的人権の不確かな国を逃れ,アメリカで人間らしく生きようと移民してくる人達が沢山いる.そのため,アメリカでは市民権は「与えられるもの」というよりも「獲得するもの」という捉え方になる.
この国で,差別されずに生きる権利を獲得するのだ.
逆に言うと,これまで市民権を持たず,永住権(グリーンカード)で暮らしていた私達は,実は差別されていた,ということになる.脳天気な私はそんなことには無頓着だったが,娘は「アメリカ代表選手決定を伴う決勝大会には参加できない」という差別を受けたのだった.市民権を持たないことによる差別とは,一般的な目に触れることはあまりなく,そういう状況になった時にその当事者だけがわかる,具体的な差別なのである.
そして,差別は,その権利が無いという行動制限自体よりも,差別に直面するという心の衝撃が悲しい.こう書いてきて,今,初めてわかったのだが,外国に暮らしてスポーツ競技を行った結果,娘は,スポーツの夢を終えないという心の痛みのみならず,差別をされたという心の痛みの,二重の痛みを負ってしまったのである.私は,二つ目の痛みについて,今まで気づくことも考えることもなかった.
奇しくも,今回の教授会でファカルティメンバー選考時の注意に話が及んだ.ファカルティの採用候補者を数名選ぶとき,人種や性別が極端に偏ることは避けなければならない,と.このようなあからさまな気遣いは逆差別ではないか,という考え方もあるだろう.一方,あからさまだろうが潜在的だろうが,差別に見えるような社会的ふるまいは,その当事者になった人にしか気づかないところで,夢や希望を失わせるという心の痛みを与えてしまう危険性もあるのだろう.
私と娘が獲得したアメリカ市民権.
行動制限という意味では,代わり映えのしない私の身の周りだが,一つだけ,ひしひしと感じることがある.
それは,親近感.
「市民権を取得しました」と周りのアメリカ人に報告すると,「おめでとう.Welcome to our country!」と言って親近感を感じさせてくれる.教授会での笑みや拍手からも,親近感を感じる.この温かな親近感は,本当に相手が与えてくれていて感じているのか,自分が親近感をもって接し始めて勝手に感じているのか,きっとその両方なのかもしれない.
この親近感を肌で感じて考えたのが,親近感の対義語だ.
親近感の対義語,それは疎外感だろう.
本当に,この文章を最後まで書いて,今,初めて気が付いた.
アメリカ市民権によって獲得した最も大切なものは,アメリカで暮らす娘が顕在的あるいは潜在的に感じてきたであろう,疎外感という心の痛みからの開放であった.
アメリカで暮らす私と私の家族にって,本当に価値の高いアメリカ市民権なのである.
関連記事:可能性は子供に与え,大人からは奪え(国籍取得3/3)
アメリカ市民権によって獲得した最も大切なものは,アメリカで暮らす娘が顕在的あるいは潜在的に感じてきたであろう,疎外感という心の痛みからの開放であった.
アメリカで暮らす私と私の家族にって,本当に価値の高いアメリカ市民権なのである.
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shinojpn at 20:19│Comments(4)│
│プロフ生活
この記事へのコメント
1. Posted by 角田郁生 December 23, 2014 11:11
ルイジアナ州立大学医学部の角田郁生と申します。私は、アメリカ在住20年ほどになりますが、先生のブログは、大変、勉強になります。今回の市民権と国籍の違いも、私は知りませんでした。今後も、先生が、アメリカ在住の日本人研究者のために、貴重な情報の発信を、続けられることを希望いたします。
2. Posted by Shino December 25, 2014 12:53
アメリカ在住20年の角田さんにもお役に立てて幸いです.実際の立場になって初めてわかることが色々あり,異国人生ならではの発見を楽しんでいます.
ブログ執筆への応援,ありがとうございます.読者層がとても薄いブログですが,細々と楽しんでいきたいと思います.
ブログ執筆への応援,ありがとうございます.読者層がとても薄いブログですが,細々と楽しんでいきたいと思います.
3. Posted by 東京より January 03, 2015 12:17
明けましておめでとうございます。「国際標準の研究者」を目指していますが、日本で専任の職についていると、まるで手足に大きな重りをつけているようです。春夏に数週間、研究滞在で海外の大学に出るだけでも調整に苦労します。ネットでかなりの情報が得られる現在でも、たとえば彼らの議論の背景にある「研究のための哲学・姿勢」を見落としがちで、形だけ移植しようとした自分に猛省したりしています。半年・一年、彼らの議論の場から離れるだけでも、置いていかれたような寂しさを感じます。いつも(勝手に)励みにさせていただいています。ご家族の皆様共々、充実した一年になりますように。
4. Posted by Shino January 04, 2015 12:29
あけましておめでとうございます.
日本社会では「国際標準の研究者」への道のりはアメリカ社会よりも大変だと思います.ただ,一方で保障されている部分などもありますので,一度きりの人生において何を最も大切にするのか,そしてそれがバランス型なのか一転集中型なのか,などによって行動や満足度が決まってくるような気がします.
私のブログを励みにしていただいて光栄です.つい最近,「喜嶋先生の静かな世界(森博嗣)」という本を読み,自分は,研究の純粋な楽しさを味わい続けながらきちんと身を立てることを大切にしてきたのかな,と思っています.アメリカでもそれは簡単ではありませんが.
http://bookmeter.com/cmt/43773131
日本社会では「国際標準の研究者」への道のりはアメリカ社会よりも大変だと思います.ただ,一方で保障されている部分などもありますので,一度きりの人生において何を最も大切にするのか,そしてそれがバランス型なのか一転集中型なのか,などによって行動や満足度が決まってくるような気がします.
私のブログを励みにしていただいて光栄です.つい最近,「喜嶋先生の静かな世界(森博嗣)」という本を読み,自分は,研究の純粋な楽しさを味わい続けながらきちんと身を立てることを大切にしてきたのかな,と思っています.アメリカでもそれは簡単ではありませんが.
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