July 28, 2013
「学問販売所ではない大学」へ表敬訪問
「わたしは学問販売所ではない,本当の人をつくる大学にしたい」
高等教育の価値が揺らぐ現代にこそ必要な本質的理想を,今から100年も前から叫び続けていた男がいた.
福島県出身のその男は,明治から昭和にかけ,アメリカで12年かけて育んだ“和魂洋才”(杉山茂丸, 1988)を基に,科学を中心とした教育,事業,社会貢献が三位一体として循環する理想的システムの構築へと,努力を続けた.
男が,科学利用事業として製薬会社を始めた時,その当初から図書館付き教育部門を社内に設けたことは,その時代においては突飛なことではあったが,その男にとってはごく当たり前,いや必然の前提条件であった.
「営利事業と社会奉仕を並行できる可能性を世界に示したい」
男は,“親切第一”主義に従えばそれは可能という信念から,その実現に向かって多面にわたる努力をした.

そして「アメリカ人」とも愛称されたこの男にとって,社会奉仕の“社会”とは狭い一国のことではなく,グローバルな“世界”のことであった.
チェーン店システムを日本で初めて作り仕事に困った人々を救い,社員のみならず各地方店主にも教育を施して成功させ,その子息にも無料で教育を施し,女子寮や保育園を作り,選挙大学を開いて民衆を啓蒙し,敗戦で困窮のドイツ化学会に大金を寄付し…,すべて“親切第一”主義に基づく行動である.
この「努力と信念の世界人(大山恵佐, 1949)」星一は,星製薬社長でありながら,「社長」ではなく「星一先生」と当初から呼ばれていた.私の家系がこのユニークな教育者と同じ血を引いていることを知り,この度,その星一が創立した星薬科大学を家族三世代で表敬訪問した.
コロンビア大学ローホールを模したドーム型大講堂を中心に,趣き深いキャンパスのここかしこに星一の魂が宿る.田中隆治学長や事務局長,星製薬取締役など,沢山の関係者から恐縮する程の厚遇と貴重な資料などをいただく.
星薬科大学八十年史(1991)という1,000ページ以上の“バイブル”には,建学の精神と,その実現に対する戦いとも言える程の努力の歴史が,心に訴えかける語録と共に刻まれている.そんな書物でしか知らない星一の業績に関し,実物証拠の展示場となっているのが歴史資料館だ.

星一について調べ始めてから,何度も何度も目にした「親切第一」という言葉.星一自筆の「親切第一」揮毫(きごう)に出会った瞬間,満面の笑みがこぼれてしまう.

「親切とは積極的人道行為又は善行為を意味する.」
星一は, 何事に対しても親切第一になれ,とその主義を教え続ける.
「自己に親切になれ.自己に親切を施し得ぬようでは,他に対して親切を施すことは出来ぬ.」
「時間に親切になれ.今日失いたる金銀は,明日之を補うことができるが,今日失いたる時間は,再び之を得ることはできない.」
「学問に親切になれ.学問に親切なれば,学問より慈しまれ,遂には学問をせぬでは居られぬ様になる.」
星一は,自らの子供にこそ,この親切第一を体現してもらいたいと,長男に親一と名付ける.それが,ショートショートの神様,SF作家の星新一である.
星一の代表的な写真の前で,すかさず記念写真.

そして,同じ血を引いている娘(13歳)も記念写真.

「私だって,学校で下級生に勉強教えたり,色んな人に新体操教えたりしているもん!」
すかさず切り返してくる.やはり,血なのか.
アメリカ時代に出会った野口英世とは福島県出身同士の親友であり,母に会うための帰国旅費や滞在費を全面サポートしたりしている.

野口英世とともに発明王トーマス・エジソンに会ったとき,写真へのサインとともに添えられた一言が心に響く.
「なぜ多くの人は成功しないのか? それは,考えないからだ.」

“Because they don’t THINK”
成功したい星一にとって,そして,成功を望む人々を教育するにあたって,この成功者からの戒めには,こだわり続けなければならない.
成功とは何か.星製薬という営利事業の成功は,営利事業と社会奉仕の並行システムの実現にとって必要な一部にすぎない.営利事業の成功によって,金銭的な財産を個人が得て満足するのが目的ではない.
「貧乏からこそ成功が生まれる」と信じる星一は,贅沢嫌いであり,社長であっても,身にまとうのは社員と全く同じ制服である.

当時の知人は,清貧星一のエピソードを記す.
「財布をすられたことがあった.その時は革の財布.そうしたら,“俺はまだ革の財布を持つ資格の無い人間だ”と.それで,奥さんに紙に布を貼らして,それを持って来られた.」
求めるべきは,社会奉仕の成功である.
エジソン曰く「成功しないのは,考えないからだ」
「科学なしに成功なし.」
「科学は成功の近道である.」
科学,すなわち学問こそが成功への近道だ.
科学や学問を使った成功のために必要な財産は,お金ではない.
「一に人,二に人,三に人,万事人なり.何時でも,何処でも人である.如何なる時代にも,金より人である.」
「人格は財産中の最大最高の財産である.永久不動産の財産である.」
その最大最高の財産を作りだす現場の一つとして,大学がある.
大学正面の,一番目立つ所に星一の胸像がある.日展審査員の難波孫次郎が,その精神的な面を探求して作りあげた.その胸像の裏に,建学理念がしっかりと刻まれている.

「本学は 世界に奉仕する 人材育成の揺籃(ようらん)である」(揺籃=ゆりかご)
この理念は,コロンビア大学を模した大講堂の開堂式でも伝えられている.

奇しくも世界に飛び出して学問をしている者として,私もいつかこの大講堂で話をし,同じ血を引く偉人の思いに,少しでも貢献できれば,と願う.

「我思ふ 百世後の若人を 如何に育てん 如何に教へん」
この偉人の壮大なる考えや実行力は,星新一の記した伝記(明治・父・アメリカ (新潮文庫) [文庫]
人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫) [文庫] 明治の人物誌 (新潮文庫) [文庫])に記されている.

最近,これらの刺激に次々と触れるたび,翻って自分自身の生き様について再考させられる.二十歳前後のアイデンティティ確立の頃,様々な刺激を得て,自分の価値観と生きる方向性を考え,決めていった.あれから二十年以上が経ち,アメリカでテニュアを取って落ち着きつつある今,このような刺激が私のDNAに揺さぶりをかける.
「君の親切第一は? さあ,そろそろアイデンティティを再考し,再確立せよ」
と,訴えかけられているような気がしてならない.
(星薬科大学は五反田の戸越銀座のそばにあり,8/2-3はオープンキャンパス)
この記事へのコメント
外国人が我々日本人を理解する場合にも、英語を通して行われている。かな・漢字を通して理解されているわけではない。
だから、英語は、我々にとって単なる一外国語ではなく、とりわけ重要な国際語というにふさわしい情報交換の手段となっている。
英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。
我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。
日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みのようなものになっている。