July 21, 2006

研究の意義

滅多にキレることのない私が,今日は超マジギレしてしまった.

来月から行くジョージアテックの倫理委員会で私の研究計画が審査されるにあたり,会議電話でコロラドからこれに参加したときのことである.

倫理委員会は,大学研究者以外にも,地域の一般人など様々なバックグラウンドを持つ人達によって構成されている.今回は2回目の審査なので,前回のコメントに回答した部分を中心に,不明瞭な部分について明らかにするような質問が,聞き難い会議電話の向こうから次々と飛び込んできた.それらに丁寧に答えているうちに,一人,私とどうしても意見の合わない委員がいたのである.この人は地域からの参加者で,医者をリタイヤした人らしい.

元医者 「臨床的意義は?」
Shino  「XXXへの応用が将来的に考えられます」
元医者 「それではすぐに目に見えるベネフィットがなく,研究意義が低い」

Shino 「これは臨床研究ではなく基礎研究なので,サイエンスとしての研究意義が高いことに意味があるのです」
元医者 「サイエンスと言ったって,単に君の仮説を確認したいだけだろう.被験者に対して直接のベネフィットがない,病気の人をスグに救えるような結果が得られるわけではない,では一体誰に対してどんなベネフィットがあるというんだね」
Shino 「まず,仮説を確認するのではなく,仮説をテストするのです.この仮説は非常にユニークで新しい考えなので,この研究によって身体の仕組みについて新たな視点からの理解が深まり,長い目でそれが社会に貢献すると考えます」

元医者 「臨床的意義が感じられない研究が社会に貢献するとは思えない」
Shino 「私は医者ではなく,科学者です.この研究はそれだけで終わるものではなく,その結果を元に様々な方向へと研究が進んでいくような,種となるような研究です.科学研究においては,今までの概念に無いようなものを見出す,そういう種となるような基礎研究も大切なんです」

元医者 「研究に含まれるリスクと比較すると,直接的な臨床意義が見出せないような研究は,価値が低いとみなされざるを得ない」
Shino 「直接的な臨床意義は低いかもしれませんが,そういうサイエンスの発展が将来的に臨床意義を生み出す研究につながっていくわけです.NIHが研究費を補助してくれるということは,そのように価値が認められたと解釈するべきだと思いますが」

倫理委員会では,ベネフィットとリスクのバランスが評価される.ジョージアテックは工学系の大学なので,私のようなヒトを用いた侵襲的実験は,あまり審査されたことがない.そのため,侵襲的実験に不可避の小さなリスクであっても,それに対して過敏なほどに反応し,それは非常に高いリスクであると捉えられてしまう.

一方のベネフィットに関しては,工学系であるからか,スグにアプライできることに重点が置かれてしまうのだろうか.すくなくとも,この元医者は,研究のベネフィットとは,被験者に直接与えられるベネフィットか,臨床にスグ活用できる知見という見方しかできなく,基礎科学を大きく発展させるという要素はそれには入らないらしい.問題だったのは,そういう委員に対して,周りの委員から反論が出なかったことであろうか.

このように委員の意見に対して真っ向から反論してしまっては,きっと今回のプロポーザルは通らないだろう.臨床関係者の典型的な反応として,質問をノラリクラリとかわしてうまくプロポーザルを認めてもらう,という方向性ももしかしたらあったかもしれない.しかし,このような科学研究に対する理解が低い委員に対しては,真っ向から立ち向かって考えを改めてもらわなければならない.それに,周りの委員にもこのようなディスカッションを聞いて考えてもらわなければならない.そうでないと,これから毎回このような問答を繰り返すハメになってしまいかねない.このような人が倫理委員会で科学研究を偏った目で審査し,それによって科学研究が必要以上に制限されてしまっては,たまったものではない.

家に帰って妻に説明する.
「ダメだ.キレてしまった.このままでは研究ができない.反省しなきゃ」
「いや,反省すべきじゃなくて,実はいいことをしたんじゃない.そういう研究に対して慣れていない倫理委員会に対して,考えるきっかけを与えてあげただけでも」
いつの間にか,似た者夫婦になってしまっていたのである.

倫理委員会には,もっと多くの科学者の参加が必要だろう.ジョージアテックに行ったら,倫理委員に立候補してみようかと思う.

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shinojpn at 00:00│Comments(2)TrackBack(0) 研究 

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この記事へのコメント

1. Posted by あさのえいし   July 23, 2006 06:52
シノさま、被験者に直接のBENEFITがなくとも、RISKがMINIMALであれば通ると思うのですが。そうはいかないのでしょうか?SFNの学会では10月17日に発表することになりました。お会いできたら幸いです。
2. Posted by Shino   July 23, 2006 11:15
コロラドでの研究は,すべて被験者に直接ベネフィットがないものでしたし,そういう目先のもの振り回されすぎるのはおかしいはずです.この元医者委員が偏った見方をしているだけだと思っていますが.(後で続編を書きます)

SFNは今度の地元ですから,是非お会いしましょう!

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