June 15, 2006
査読で学ぶ
ある査読論文の〆切まであと3日.ここ数ヶ月,週1位のペースで論文査読が回ってきている.ジャーナルのエディタにそれなりに評価してもらっているという喜ばしいことなのだが,流石に毎週毎週では自分自身の研究が進みにくい.最近はラボのジャーナルクラブが中断しているからいいものの...
私の所にイマイチの論文が回ってくることが多いのか,これまでの経験ではリジェクト率が8割以上である.リジェクトする場合には,「この人の人生に何らかの影響を与えてしまうかもしれないな」と心苦しく思いながら,それなりにしっかりした理由を書かなければならないので,なおさら時間がかかってしまう.
ところが,今回の査読論文は,ある有名ラボからの論文であった.リジェクトっぽい論文から比べると,論文構成やデータ分析などがしっかりしていて,断然に読みやすい.有名ラボ,論文の読みやすさ,それだけで「この論文はアクセプトになるかな」と,先入観ができあがってしまう.実際,読み進めてみてもマイナーな問題がある程度だったので,論文のできの良さをほめた後にこれらの問題を指摘し,「マイナーリビジョンでアクセプト」という評価でコメントを提出した.久しぶりに,アクセプトのボタンをクリックするのは,気分がよい.きっと他の査読者もアクセプト方向でコメントするだろうと思いつつ,まだ〆切3日前だから他の査読者からはまだコメントが集まっていないだろう,と思っていた.
ところがそれから数時間後,早速ジャーナルエディタからメールが回ってきた.「えっ,みんなそんなに早くコメントを返してるの?」と驚きながら審査結果をのぞいてみた.「査読者達はこの論文にメリットを認めるものの,問題点が多く,このままではアクセプトできない.ただし,リビジョンを許可する」.あらあら,みんなは他にどんな問題点を指摘したんだろう,と興味津々で他の査読者のコメントを読んでみた.
「実験や分析,論文のできはよいが,今回の発見は過去の知見に新しい情報を少し加える程度のものであり,大幅にこの分野の知見を発展させるもののようには思えない」
そう言えば,最近このジャーナルでは,研究内容の重要性について,とても厳しく評価することになっていた.有名ラボ,論文の読みやすさという要素に目を奪われてしまい,肝心なことを忘れてしまっていた(反省).その他,私が指摘したものと同様な問題点の指摘がされていて,ほっとしたりした.しかし,私が気づかなかった他の問題点もいくつか指摘されていた.それなりにレベルの高い人がコメントしたようだ.
「良さそうに見える論文でも,結構問題点が見つかるものだ」と関心する一方で,論文査読は他の査読者から色々学ぶことができる,という重要性に気づき始めた.私と同レベルのあるラボメンバーは数日前にこのラボを出て行ってしまい,まだあまり論文の書けない他のメンバー達とは,論文執筆に関する込み入った話には限界がある.ジョージアテックに行ってラボを構えても最初は院生一人だけなので,実りあるディスカッションはあまり期待できないだろう.
そう考えてみると,査読という作業は,ある論文を通じて同じ分野のレベルの高い研究者と知的コミュニケーションができるとても貴重な機会であることに気づき始めた.学会は年に数回しかないし,レベルの高い人とは簡単には込み入った話ができない.査読とは,ジャーナルエディタが選んだ査読者(研究者)と出会い,ある研究についてディープなディスカッションができるとても大切な機会なのだ.
毎週のように査読が回ってくるのも悪くないか,と新たな思いで査読に望めそうな気分になってきた.机の片隅に置いてある次の査読論文では,どんな出会いが待っているのだろう.少し楽しみになってきた.
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査読は良い機会との意見、全く同感です。私は知的競争の積もりで、他の査読者やエディタが感心するような良いレビューをするぞ、と思ってやっています。しかし「敵」もなかなかやるんですよね(笑)
査読されるのも私は好きです。学会だと「ちっ」と舌打ちして無視されて終わるような人から、真摯な全力投球を受けて背筋が伸びた気になることも。グラントの査読もそうですよね。
余談になりますが、この間は全く意味不明な論文が当たり、「論理的には私の理解力が足りないと言う可能性もあるが、これはコンピュータのプログラムか何かが生成したいたずら論文と思われる」と回答しました。もう一人の査読者も同意見で、雑誌社から感謝のメールが来ましたよ。あははは
http://www.uni-edit.net/
よろしければご参照ください。
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