December 12, 2005

スンナリとはいかない

 イーストキャンパスの実験室は,マニュアルも無いような古い実験装置ばかりで,まずはそれを動かすまでに一苦労している.動作確認していると,最初から期待通りに動くことはほとんどない.手間のかかる作業だが,これまでの経験を元に問題可能性を1箇所づつ確認していくうちに,やっと問題点を見つけ出すことができる.まるで,サイコドクターが患者さんの生い立ちを延々と聞き出した後,はじめて現在の病気を探り当てることができるかのように.

しかし,マニュアルも無いような古い実験装置なので,このような作業によって,結果的にその装置の様々な機能を理解することができた.長い間放っぽっておかれた古い実験装置から,まずは私のことをいたわってよく理解してくれ,というメッセージが投げかけられているような気もしないではない.まあ,最初からスンナリと目的の機能が得られてしまっては,その装置の持つ他の機能を見逃していただろうから,スンナリといかなかったことに感謝する気持ちさえ沸いてくる.

一方,新しい実験をするためのプロトコルがヒューマン・リサーチ・コミティに色々と問題点を指摘され,書き直すことが求められた.こちらもスンナリとはいかない.これまではラボにあった一般的なプロトコルで通用していたので,自分一人で全てを書くのは今回が初めてだった.たとえば,同意書に専門用語があってわかりにくいので小5レベルでわかるような文章にしなさいというコメントがあった.アメリカ人の小5レベルの英語と言われてもピンと来ない.幼稚園生のうちの娘が日本の中2程度の英語を話すので,まあ日本の高校生レベル程度だろうか.

もっとシリアスな問題は「被検者が健康かどうか既往歴や現在の体調などで確認する」という点について,それを誰がどのように確認するのか,というコメントだ.さらに,万が一実験によって健康を害した場合にどのような措置をとるのか,と.そんな細かいことはラボにあるプロトコルには書いてなかったが,今回はいつもより手の込んだ実験だからなのだろう.そこでキャンパス内にある臨床研究センターの医師に相談をお願いすると,すぐに相談に乗ってくれて色々と良いアドバイスをもらうことができた.こちらの大学の良いところは,このような医師をはじめ,様々な疑問点について相談できる専門家へのアクセスがとてもよいことである.

このお医者さんから教えてもらった話は,今回のプロトコルに直接関係するもの以上にも及び,これまで考えていなかったがこれから役に立ちそうないくつかのことについて,とてもいい勉強になった.実験プロトコルの執筆は結構面倒なので,スンナリ許可が下りなかったことを最初は腹立たしく思ったが,お陰で色々なことを学ぶことができた.もし,スンナリと許可が下りていたならば,そういうことを学ぶ機会を逃していただろう.そして,いつかもっと重要な場面で,そういう点の欠如が露呈してトラブルになっていたかもしれない.

そういえば,こういうこと以外にも,グラント申請や論文執筆など,なかなかスンナリといかないことばかりである.しかし,自分はまだまだ研究者としてトレーニングの身である.トレーニング中はスンナリといかないことによって,このように物事の本質により近く迫る機会をうまく与えられているのだろう.そういう風に神様が導いて下さっている,と逆に感謝しなければならない.いい歳こいてわざわざ苦労をしにアメリカに来ているのだから.

・・・そうでも考えないと,やってられないでしょ.



shinojpn at 00:00│Comments(0)TrackBack(0) 研究 

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