December 05, 2005
次なるチャレンジ
アメリカに来てからずっと研究職についていたが,NIHグラント取得が現実的になってアメリカ標準に近づいてきたので,やはり次のチャレンジとしてアメリカ標準であるテニュア・トラックの職を目指すことにした.
これがなぜチャレンジかというと,まず,「それなりの所」に採用されること自体がチャレンジである.応募するときには,募集先の求めている人材像に合わせて魅力的な応募レターや具体的な研究計画を書かなければならない.書類選考がパスした後は,大学に呼ばれて沢山の教職員と次から次へと30分刻みで面接をし,さらに研究発表をしなければならない.食事も教職員か学生と一緒でとり,2日間,常に評価のムシロに立たされるらしい.
日本の職を捨てて研究をしにアメリカに来たからには,それなりに研究条件のいい所に移りたい.アメリカでは,大学の機能別にカテゴリー分けされていて,そういう所はリサーチ1というカテゴリーに入り,教育やサービスにかける時間が少なく,研究にかける時間が確保できる.結果的に,大学全体としてハイレベルの研究が行われることになり,NIHグラントも取得しやすい.「良い所はどんどん良くなる」という典型的な循環構造である(逆も然り).しかし,条件のいい所には,研究業績の高い人が応募してくるので,採用されるのも難しくなってくる.
教育やサービスの負担が少ないといっても,今のように研究に専念できる状況からすれば,研究にかけられる時間は大幅に減るに違いない.その中で,NIHグラントを取得し続け,良い人材を集め続け,良い研究成果を出し続けないと,職場に残ることはできない.また,教育も専門分野ぴったりのものとは限らず,それをそれなりにレベルの高い大学で不自由な英語で行い,それなりの評価を学生から受けなければ職場に残ることはできない.したがって,採用されてからも(というかその後の方が)チャレンジである.
このように,日本の大学院を出てアメリカのシステムに入り始めたばかりの私にとっては大きなチャレンジなのだが,世界標準を目指してアメリカに来たからには,まずはアメリカ標準を満たす努力を惜しんではならない.常にチャレンジである.
というわけで,意を決してめぼしい所に応募してきたところ,複数の所からインタビューに呼ばれることになった.やはりNIHグラントの威力は絶大なようである.が,それだけではない.ある選考委員長からは「君がこれまで仕事をやってきた人の中に,私のよく知っている人が多いので信頼できる」と言われた.これまでお世話になった人達への感謝の気持ちが大きく膨らんでくる.
インタビューに呼ばれたといっても,他にも数人の候補者が呼ばれるので,結果的にどこにも採用されない可能性も高い.そうなれば,この場で生き恥をさらすことになってしまう.そんなリスクを負ってまでわざわざこの場で公表するかどうか迷ったが,逆に崖っぷちに立ってそれをエネルギーにしてしまおうと思ったのである.Qちゃんの生き様には到底及ばないが,彼女が周りからの視線をものともせず,逆にそれをエネルギーにさえして懸命に努力し,堂々と結果を出したように,私も力を振り絞ってチャレンジしてみたい.私のこのような行動と情報公開が,読者である若い研究者の方々の励みになることを願いつつ.
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この記事へのコメント
最終パラグラフで「生き恥を」と書いていらっしゃいますが,私は全く「恥」だとは捉えていませんし,むしろ非常に大きな励みになっております.
ありがとうございます,そして(私が申すのも非常に恐縮なのですが)楽しんでいらして下さい.